記名証券無記名証券(読み)きめいしょうけんむきめいしょうけん

改訂新版 世界大百科事典 「記名証券無記名証券」の意味・わかりやすい解説

記名証券・無記名証券 (きめいしょうけんむきめいしょうけん)

証券面に特定の者を権利者として表示した有価証券記名証券,権利者の表示がなく証券の所持人が権利者と認められる有価証券を無記名証券という。無記名証券には,権利者の表示がまったくないもののほかに,〈所持人〉〈持参人〉のように抽象的に表示するもの(所持人払証券または持参人払証券),特定の者を権利者として表示するとともに,証券の所持人または持参人も権利者となることができる旨の記載があるもの(選択無記名証券)とがある。権利者の表示方法から見た有価証券の類型には,この両者のほかに,証券面に特定の者を権利者として表示するとともに,この特定の者が指図した者も権利者となる旨を表示した指図(さしず)証券がある。ほとんどの有価証券には,この3者のいずれも認められているが,手形には無記名式が認められていない。実際の利用形態では,株券・定期乗車券は記名式,手形・船荷証券指図式,小切手・社債券・前払式証票(商品券・プリペードカードなど)は無記名式が多い。

 記名証券と無記名証券とは,証券上の権利の移転行使の方法,善意の譲受人の保護などの点で大きく異なっている。(1)証券上の権利を譲渡する場合,記名証券では,効力要件としての証券の交付のほかに,対抗要件として指名債権の譲渡の手続(民法467条)をふまなければならない。これに対して無記名証券では,単に証券を交付するだけでよい(効力要件かつ対抗要件)。ただし,記名証券であっても,裏書禁止指図禁止)とされていないかぎり,証券交付と裏書によって譲渡できるもの(〈法律上当然の指図証券〉という)が通常である。さらに記名株券のように,単なる交付で譲渡できるものもある。(2)証券上の権利を行使する場合も,記名証券の所持人は,みずから権利者であることの証明をしなければならないのに対し,無記名証券の所持人は,証券を呈示するだけでよい。(3)証券を譲り受けた者にとっても,無記名証券では,善意取得(小切手法21条,商法519条)や人的抗弁切断制度(民法472条,473条,小切手法22条)の適用があるのに対して,記名証券には,これらの適用がない。(4)債務者が支払う場合も,無記名証券では,証券の所持人に支払えば善意支払による免責制度(民法470条,小切手法35条)の適用があるが,記名証券には,その適用がない。両者のこのような差異は,記名証券(裏書禁止のもの)が流通(権利者の交代)を予定しない証券であるのに対して,無記名証券が,流通することによって初めてその機能を発揮できる証券であることから生じている。したがって,証券の発行者にとって,証券が流通して見知らぬ者が権利者となることや人的抗弁が切断されることを望まない場合に,記名証券が利用される。他方で,無記名証券であれば,権利の移転や行使がきわめて簡単であり,しかも譲受人は善意取得や抗弁切断制度によって安全に譲り受けることができるため,流通させるのに適している。

 なお,金銭の給付や物品の引渡しなどを請求できる債権を表章する有価証券(債権証券)で無記名式のものは,無記名債権として,動産とみなされる(民法86条3項)。しかし,有価証券独自の法制度の発達により,この規定の存在意義はほとんどなくなっている。
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