日本大百科全書(ニッポニカ) 「臓器移植」の意味・わかりやすい解説
臓器移植
ぞうきいしょく
organ transplantation
本来存在している部位から臓器をいったん摘出し、同一またはほかの個体にそれを移すことをいう。臓器を提供する個体をドナー(donor、提供者)、臓器を受ける個体をレシピエント(recipient、受容者)という。
[中村 宏]
臓器提供者と臓器移植の意義
ドナーは生体ドナーと死体ドナーとに区別される。生体ドナーでは、臓器の摘出が、ドナーの身体に及ぼす危険性、不利益が大きくないことが必要で、生命維持に不可欠な心臓などの臓器や、身体機能が著しく損なわれる臓器を生体から摘出することはできず、腎臓(じんぞう)・肝臓・小腸・肺が対象臓器となる。生体ドナーは、臓器摘出の意義や随伴する危険性について説明を受け、十分理解したうえで摘出手術に承諾することが前提条件となる。死体ドナーは、心臓死の場合と、脳死の場合とがあり、臓器移植法が適用される。移植が成功すれば、新しい場所でその周囲から栄養をとり、その臓器本来の機能を営むようになる。しかし、臓器の血管を、移植された部位の血管と速やかに吻合(ふんごう)して血行を再開させないと、酸素と栄養分の欠如および有害な老廃物の蓄積のために臓器の組織が死んでしまう。臓器移植は、廃絶した臓器にとってかわってその機能を営むので、致命的な疾患では患者を救命することができる。
[中村 宏]
臓器移植法の成立
移植される臓器は、生体腎移植のように健常人が自分の意思によって子や兄弟姉妹に提供を申し出る場合もあるが、心臓移植や死体肝移植などでは脳死患者から臓器の提供を受ける必要がある。腎移植や膵(すい)移植では、心停止ドナーからでも可能だが、脳死ドナーからのほうが成績がよい。日本では死体から臓器を摘出する際、長い間法律的に問題があった。1979年(昭和54)に「角膜及び腎臓の移植に関する法律」が成立し、腎移植に使用されるための腎臓を死体から摘出することが法律的に初めて認められるようになった。1997年(平成9)6月には「臓器移植法」が成立し、条件付きで脳死ドナーからの臓器摘出が可能となった。なお、同法の詳細については臓器移植法の項目を参照されたい。
[中村 宏]
臓器移植の種類
臓器移植には次の4種類がある。
(1)自家移植 保存的療法が不可能な両側性の重篤な腎臓損傷や、単腎者の腎臓の中央部に大きな腫瘍(しゅよう)が発生した場合に、腎臓をいったん摘出して、体外において腎臓を修復、または腫瘍を摘出した後に、その腎臓を下腹部の腸骨窩(ちょうこつか)に移植する場合のように、臓器を同一個体のほかの部位に移植することをいう。自家移植では拒絶反応は起こらない。
(2)同系移植 一卵性双生児間、または遺伝的に同一の系に属する動物間で移植することをいう。自家移植と同様に拒絶反応は起こらず、臓器は永久に生着する。
(3)同種移植 ある個体から得た臓器を、動物分類学上同一の種に属する(たとえばヒトからヒトへなど)、ドナーとは異なった遺伝子型をもつほかの個体に移植することをいう。現在の臨床的に行われている移植医療のほとんどがこれに属する。免疫抑制法を行わないと通常拒絶反応が起こる。
(4)異種移植 本来系統発生学上、科の異なる動物間での移植のことをさすが、ヒト科では同じ目(もく)である霊長類、たとえばチンパンジーやヒヒからヒトへの移植などを異種移植とよんでいる。実際、1990年代に入ってからは、ブタからヒトへの異種移植の可能性が研究されている。しかし、現在の進歩した免疫抑制法を用いても、移植された臓器は拒絶反応を受けてその機能は止まってしまう。
細菌やウイルスが体内に侵入すると、生体はこれらを防御しようとして免疫機構が働くが、移植された臓器に対しても同様な防御システムが働き、拒絶反応を起こしてしまう。臓器移植に先だって行われる組織適合性検査は、個人のもっている移植抗原を同定することにほかならない。これにはリンパ球のHLA型、リンパ球交叉(こうさ)試験、赤血球のABO型の三つがある。
[中村 宏]
腎移植
腎移植は、世界的にも、また日本でも、臓器移植のなかで、最初に広く臨床的に行われるようになった。日本では2008年(平成20)末までに2万2199回の腎移植が行われている。最初のうちはほとんどが生体腎移植であったが、心停止後に腎臓を摘出して移植する献腎移植(死体腎移植のこと)も行われるようになった。しかし腎移植件数のうち献腎移植の占める割合は、日本では約16%にすぎないが、臓器移植の先進国のアメリカ合衆国では半数以上は献腎移植となっている。免疫抑制剤のカルシニューリン阻害薬であるシクロスポリン(サイクロスポリン)、タクロリムスが使用されるようになってから腎移植の成績は向上し、生体腎移植生着率は1年約96%、5年約91%で、献腎移植でも1年91%、5年79%という良好な生着率が得られている。
[中村 宏]
肝臓移植
肝臓移植は腎移植に次いで日本で多く行われている。世界的には肝移植というと脳死肝移植が大部分を占めるが、日本では脳死者からの臓器提供がむずかしいため、生体部分肝移植という世界の動向とは違った方法がとられ、2006年末までに5249回施行されている。脳死肝移植は世界では年間約8300回行われている。日本でも臓器移植法に基づく脳死患者からの肝移植が1999年2月に初めて行われた。肝移植手術手技の確立、シクロスポリン、タクロリムスなど新しい免疫抑制剤が出現し、生存率は1年82%、5年76%と向上した。
ドミノ肝移植という特殊な移植法があるが、これはドミノ倒しのように、肝移植を受ける患者から摘出された肝臓をほかの肝不全末期の患者に移植する方法である。アミロイド・ポリニューロパシー(FAP)という難病の患者が肝移植を受けるときに行われる。
[中村 宏]
心臓移植
心臓移植は1968年(昭和43)8月に行われたいわゆる和田移植(札幌医科大学教授であった和田寿郎(じゅろう)による日本初の心臓移植手術)以来日本では施行されていなかったが、31年後の1999年(平成11)2月に臓器移植法にのっとった心臓移植が行われた。その後2008年12月までに60例施行されている。心臓は生体内で血流停止が起こると強い組織障害を受けるので、心臓移植は脳死の段階で臓器の提供を受けることが不可欠で、脳死者から心臓を摘出した後4時間以内に移植されなければならない。世界では年間約3800回施行されていて、いまや日常的な治療法となっている。カルシニューリン阻害薬(シクロスポリン、タクロリムス)、ミコフェノール酸モフェチル(初期にはアザチオプリンが用いられた)、ステロイドの三者併用療法が行われるようになってから臨床成績は向上し、日本心臓移植研究会によると、死亡例は60例中2例のみ(4か月後と4年2か月後)で、生存率は3年99%、5年、10年94%である。
[中村 宏]
肺移植
肺移植は世界的には、年間約1300回施行され、移植以外に治療法のない重症肺疾患の治療法として定着している。また心臓と肺を同時に移植する心肺同時移植も行われている。日本では、日本肺および心肺移植研究会によれば、1998年に初の肺移植が行われて以来、2009年5月までに58例の脳死肺移植と、80例の生体肺移植の合計138例が施行された。臓器移植法に基づく脳死者からの肺移植は、2000年3月に初めて行われた。生体肺葉移植の5年生存率は80%、脳死肺移植の5年生存率は66%であり、いずれも国際登録の生存率(49%)を上回っている。
[中村 宏]
小腸移植
小腸移植は、先天性短腸症候群など、何らかの原因で腸から栄養を吸収できない人に対して行われる。ほかの臓器移植よりも拒絶反応が起こりやすく、世界的にもほかの臓器移植よりも施行回数が少ない。日本では、1996年に京都大学で第1例目の生体小腸移植が施行され、2007年12月までに12例に対し14回の小腸移植が行われているが、このうち11回は生体ドナーからの移植である。ほかの臓器移植と比べると成績は悪かったが、タクロリムス、ステロイドにミコフェノール酸モフェチル(MMF)を追加するようになってから、生存率は向上し、2008年8月までの生存率は、1年83%、5年59%である。
[中村 宏]
膵臓移植
膵臓移植には全または部分膵移植と膵島移植とがある。前者では血管吻合(ふんごう)を行って膵臓全部または一部を移植するが、後者では膵臓から膵島(膵臓組織中に島のように散在する内分泌組織)を分離し、皮膚を通して患者の門脈に挿入した細いチューブから肝臓に膵島を注入する。肝臓内に散らばった膵島は毛細血管に取り囲まれて生着する。腎移植と同時または腎移植後に膵移植を行うこともある。膵・膵島移植研究会によれば、1997年10月臓器移植法の施行後、2000年4月25日に第1例目の膵腎同時移植が行われてから、2009年5月までに、59例の脳死下での膵臓移植と2例の心停止下での膵腎同時移植が行われた。なお生体ドナーからの膵臓移植も9例行われている。移植膵の3年生存率98%、3年生着率は77%である。
[中村 宏]
免疫抑制療法
レシピエントが、拒絶反応を起こすことなく移植された臓器を受け入れられるように、免疫抑制療法が行われる。免疫抑制剤には多種類あるが、主としてカルシニューリン阻害薬(シクロスポリン、タクロリムス)、ミコフェノール酸モフェチル、ステロイドなどが用いられている。
[中村 宏]
拒絶反応の治療方法
急性拒絶反応の治療としては、以前には放射線局所照射も行われたが、現在ではまずメチルプレドニソロンのパルス療法(短期間に大量投与すること)後、ステロイドを増量し、以後漸減する。これらに反応しない拒絶反応や血管型拒絶反応ではOKT3モノクローナル抗体を投与する。慢性拒絶反応に対しては、現在のところ有効な治療法はない。
[中村 宏]
移植用臓器の保存
臓器は血液の供給がない(阻血状態になる)と急速に死滅する。冷却によってその過程を遅らせることはできるが、完全に止めることはできない。したがって脳死ドナーの場合には、大動脈と門脈から冷却した灌流(かんりゅう)液を注入して死体内冷却灌流を行う。温阻血(おんそけつ)障害を受けやすい順序、すなわち心臓、肺、肝臓、膵臓、腎臓の順に摘出し、ただちに流入血管から4℃に冷却したUW液またはユーロ・コリンズEuro-Collins液(高カリウム、低ナトリウム、高マグネシウムの電解質組成液にブドウ糖とマンニットを加えて高浸透圧にした液)という保存液を注入して臓器内の血液を洗い出すとともに、臓器を内部から冷却した後、保存液中に浸漬(しんし)し、0~4℃下で保存する。UW液はウィスコンシン大学University of WisconsinのベルツァーBelzerが開発したもので、細胞膜を通過しにくい物質を含有し、浸透圧は血漿(けっしょう)よりも高く、細胞のアシドーシス(酸の蓄積)の発生を防止し、移植後血流を再開したときに発生する活性酸素やフリーラジカル(遊離基。反応性が著しく高く、半減期が非常に短い反応基)による細胞障害を防止する。またUW液は、低温保存中に急速に減少するATP(adenosinetriphosphate、アデノシン三リン酸。あらゆる細胞中にみられる化合物で、エネルギーの貯蔵源となる)の再合成に必要な前駆物質を含有する。各臓器の保存限界は、心臓が4時間、肺が6時間、肝臓が12時間、膵臓が24時間、腎臓が48時間である。
[中村 宏]
『鈴木盛一著『生命(いのち)から生命(いのち)へ「臓器移植」』(1998・海竜社)』▽『太田和夫著『臓器移植の現場から』(1999・羊土社)』▽『篠原睦治著『脳死・臓器移植、何が問題か――「死ぬ権利と生命の価値」論を軸に』(2001・現代書館)』▽『平川方久編『臓器移植の麻酔』(2002・克誠堂出版)』▽『倉持武・長島隆編『臓器移植と生命倫理』(2003・太陽出版)』▽『町野朔・長井円・山本輝之編『臓器移植法改正の論点』(2004・信山社出版)』▽『マーガレット・ロック著、坂川雅子訳『脳死と臓器移植の医療人類学』(2004・みすず書房)』▽『高橋公太著『生体臓器移植の適応と倫理――倫理問題を考える』(2007・日本医学館)』▽『相川厚著『日本の臓器移植――現役腎移植医のジハード』(2009・河出書房新社)』