穀霊(読み)コクレイ

デジタル大辞泉 「穀霊」の意味・読み・例文・類語

こく‐れい【穀霊】

穀物に宿るとされる精霊。日本でいう稲魂いなだまはその一例。コーンスピリット。

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精選版 日本国語大辞典 「穀霊」の意味・読み・例文・類語

こく‐れい【穀霊】

〘名〙 霊魂信仰で穀物の霊をいう。穀物に宿る精霊。たとえば日本では稲魂(いなだま)。コーンスピリット。

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改訂新版 世界大百科事典 「穀霊」の意味・わかりやすい解説

穀霊 (こくれい)

穀物に宿り,これを生かしている精霊・霊魂。穀霊信仰は万物に霊的存在が宿るとするアニミズムの一種で,植物崇拝の一環を成す。穀霊観念とこれに基づく儀礼・慣行は,程度の差はあれ,未開,文明を問わず,穀物栽培を生業とする諸民族に広く分布するが,典型的なものは稲作地帯に見られる。多くはイネの精霊・霊魂(稲霊・稲魂(いなだま))が,人間と同様に誕生(発芽),成長,成熟,死(枯死),再生の過程を繰り返すとの観念に基づいている。

 タイでは,イネには穀母が宿っていて,それは人間と同様に〈クワンkhwan〉(魂)をもつと信じられている。クワンがじょうぶに成育すれば,よい収穫が得られるとされるから,タイの農民はイネの発育段階に対応する儀礼をきわめて重視し,クワンのための諸儀礼が農事暦の節目を成している。西マレーシアでは,イネには〈スマンガト・パディsemangat padi〉(稲魂)が宿るとされており,高床式穀倉に貯蔵されている種もみには,ことさらに気を遣う。稲魂は子どものように気まぐれで敏感であり,取扱い方が悪いと怒って宿り場を離れ,故郷の西の方へ飛び去ってしまうと信じられている。穀倉には一定の供物がささげられ,種もみは静かに保たれ,とくに子どもたちが入ることのないように注意が払われる。インドネシアでも,かつて農民たちは,イネの開花期(出穂期)に水田で大声を発したり,鉄砲を撃ったりすることをタブーとした。稲魂を驚かせ,成長を害することを恐れたからである。鹿児島県奄美の伝承によれば,イネには海のかなたの神の国〈ネリヤ〉からやってくる稲魂が宿っているという。ここでも高床式穀倉に保存される種もみは儀礼的に扱われる。柳田国男は,人がその中を通って生まれ清められる儀式が行われた場が〈シラ〉と呼ばれたこと,沖縄その他では産屋や稲積小屋がやはり〈シラ〉と呼ばれることに注意を喚起している。イネが人間と同様に生と再生を繰り返すと見る見方は,穀霊・稲魂観念を共有する諸民族に広く分布しているといえよう。日本の豊受大神(とゆけのおおかみ)や稲荷明神などは,穀物の外にあって穀物をつかさどる神々であり,穀霊・稲魂が大神化した形態であると見られる。
農耕儀礼
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「穀霊」の意味・わかりやすい解説

穀霊
こくれい

稲、麦、トウモロコシなどの穀類に宿る霊魂。農耕民の多くが、毎年同じように芽を出し、成長し、実り、枯れる穀物に人間の一生を重ね合わせ、人間に魂があるように穀物にも魂があると考え、そして穀霊を保護し、祀(まつ)ることによって豊作が得られると信じている。穀霊信仰については、古くフレーザーが『金枝篇(きんしへん)』のなかで世界各地の事例を集めている。東南アジアの稲作地帯には稲魂(いなだま)の観念が広くみられ、また稲魂の逃亡に関する伝承が多い。中国南部のラメット人では、稲魂が逃亡すると穀倉は空になって飢饉(ききん)になるといわれている。ボルネオ島のカヤン人も、貯蔵中に稲魂が外へ逃げないよう注意し、また刈り入れのとき、倉庫に入れるとき、食べるために倉から出すとき、穀霊に許しを請い慰撫(いぶ)する呪文(じゅもん)を唱えたり儀礼を行う。ビルマのカレン人は、稲の生育不良は稲魂が田から離れているためと考え、そのようなときには稲魂を呼び戻す儀礼をする。ボルネオのダヤク人も、稲の順調な生育と豊作を稲の霊に祈る。東南アジアの多くの地域で、稲魂を驚かさないように、田畑で大声を出したり不作法をしないように注意し、しばしば開花期の稲を妊婦と同一視し、丁重に扱う。

 穀霊はしばしば擬人化される。稲作地帯でも、たとえばスマトラミナンカバウ人などに稲の母の観念があるが、ヨーロッパではほとんどの地域に穀物の母(コーン・マザー)の信仰がみられ、収穫の際、最後の一束を、麦の母、おばあさん、娘などとよび、これを束ねて人形をつくり、花やリボンや布地で飾る。ヨーロッパでは最後の一束に穀霊が宿ると考えられている。ギリシアのデメテル神、ローマのケレス神のように神格化された穀霊も多い。メキシコのアステカ文化における穀母神チコメコアトルや若いトウモロコシの女神シローネンも同じである。一般に穀神は女性であることが多いが、古代オリエントではしばしば男神である穀神と、その母または妻の女神が対(つい)になっている。バビロニアのタムムズとイシュタル、エジプトのオシリスとイシスがその例で、男神(穀神)は死に、女神の力によって復活する神話と儀礼を伴っている。毎年季節ごとに死に再生する穀物を表している。穀霊が動物と結び付けられる例も多い。ヨーロッパでは最後の一束にはヤギ、ブタ、ウシ、ウマなどが隠れていて、これらは穀霊の化身であるといわれている。

[板橋作美]

『フレイザー著、永橋卓介訳『金枝篇』(岩波文庫)』


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「穀霊」の意味・わかりやすい解説

穀霊
こくれい

穀物に宿るとされる精霊のこと。穀物に霊魂の存在を認める自然崇拝の一種。動植物に対する崇拝は,なによりもまず一般的に衣食住の資料を与える経済的価値への欲求から出ている。穀霊観念のきわめて素朴なものはボルネオのダヤク諸族にみられる。ここでは収穫に際して穀霊を苦しめないため,稲穂に収穫の直前まで刈入れ具を見せないという。また北部ルソンのカリンガ族は,穀物の奇跡的増殖を人物化したマウィグという精霊を信じている。擬人化された稲がきわめてデリケートな性質を有し,逃げやすいものという観念はインドでもみられる。タルグ・ムンダ族では,「昔稲が逃げ出した」という穀霊逃亡神話が播種儀礼で話される。日本では,もっぱら稲の霊の意味に使い,稲魂 (いなだま) という。稲の中に稲魂が入って初めて稲が生育し,稲魂の成長に伴って稲が実ると考えた。稲光あるいは稲妻という呼称は,天空の霊が稲と結婚し,稲の中に子種を宿すという考え方に基づく。秋の収穫から春の播種までの期間は,稲魂が静かに増殖する期間で,そのため種籾を霊的なものとして,俵のままで祀る行事がある。 (→稲作儀礼 )  

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百科事典マイペディア 「穀霊」の意味・わかりやすい解説

穀霊【こくれい】

穀物の中に宿る霊。アニミズムの一種で,東南アジアでは穂ばらみした稲を妊婦のように扱い,収穫時には稲の魂を倉に入れる種々の儀礼を行う。ヨーロッパでは麦の穂を束ね紙の衣を着せ女の人形を作る。デメテルケレスなど,穀物をつかさどる穀神にも女神が多い。日本の豊受姫神もその例。
→関連項目

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世界大百科事典(旧版)内の穀霊の言及

【農耕儀礼】より

…農作物の主要な栽培過程に行われる一連の儀礼。麦や稲,アワ,トウモロコシなどの穀物を対象とする儀礼と,タロイモやヤムイモ,その変種のサトイモなどを対象とする儀礼に大別される。麦作儀礼はオリエントやヨーロッパなどの旧大陸にひろく分布しているが,稲作儀礼は日本を含む東アジアや東南アジアの大陸部や島嶼(とうしよ)部に,アワ作儀礼は東アジアや南アジア,アフリカなどに,トウモロコシの儀礼は北米や中南米などの新大陸に分布している。…

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