日本大百科全書(ニッポニカ) 「真空」の意味・わかりやすい解説
真空
しんくう
vacuum
真空、それは物質がまったく存在しない空間である。しかし、その意味合いは真空を扱う立場によって大きく異なってくる。
技術用語としての真空
われわれが生活している空間と時間の尺度において、真空とはいかなるものか。一般に技術用語で真空といえば、一定の容器内の気体を容器外に排気して得られる高度の減圧状態をさし、その圧力は大気圧以下である。その減圧状態の度合いは、真空度として表され、残留気体の示す圧力を用いる。圧力の国際単位は1平方メートル(m2)当りの力ニュートン(N)、すなわちニュートン毎平方メートル(N/m2)であり、パスカル(Pa)と名づけられている。標準の大気圧は10万1325パスカル(1013.25ヘクトパスカル、単位hPa)である。一方、真空度の実用的な単位として、1ミリメートルの水銀柱を支える気圧、水銀柱ミリメートル(mmHg)が使われてきた。この単位をトル(Torr、トールともいう)とよぶ。トルは17世紀に水銀柱の実験で最初に真空を発見したイタリアの物理学者E・トリチェリを記念して命名された歴史的な経緯もあり、最近まで一般的に使われてきたが、国際単位系(SI)でないため現在はパスカルが主流になりつつある(1Torr=133.322Pa)。
1960年ころから、質のよい真空状態を作成したり測定したりする技術が急速に進歩・普及し、理工学の研究ばかりでなく、真空冶金(やきん)、真空蒸着、固体電子工業、高品質・高機能の材料製造など、多くのハイテク産業にとって、真空は不可欠の技術となった。真空度は残留気体の圧力で大まかに、低真空(102Pa以上)、中真空(102~10-1Pa)、高真空(10-1~10-5Pa)、超高真空(10-5~10-8Pa)、極高真空(10-8Pa以下)と分類される。それぞれの圧力領域で使うポンプは異なるが、超高真空・極高真空をつくるには、ターボ分子ポンプ、スパッタイオンポンプ、クライオポンプなどが、液体ヘリウムなどの冷媒を使うコールド・トラップと組み合わせて用いられる。この際、真空容器を高温に熱して、容器内面に吸着・吸蔵している水分子・水素分子などを脱着させる方法(ベークアウト)が不可欠である。また真空容器内面を分子レベルで清浄化し、真空容器内壁からのガス放出を極力低減させることも重要となる。超高真空・極高真空の真空度測定には、特殊な型の電離真空計や残留気体の質量分析計が種々開発されており、現在実験室で記録された最高の真空度は10-12~10-13パスカル程度といわれているが、そもそもそれ以下の真空度になると、その真空度を正確に測る術(真空計)がなくなるのが現状である。しかし、このような極高真空状態でも残留気体の原子数は1立方センチメートル(cm3)当り数十~数百個も存在するのである。
では、空間のスケールを広げ、宇宙に目を向けてみよう。宇宙空間の真空といえども、そこには星間ガスが存在する。典型的な星雲の一つ、オリオン大星雲(地球からの距離は数百~数千光年)の原子密度は1万~10万個毎立方センチメートル、圧力換算で10-11~10-10パスカルである。さらに遠方の銀河系と銀河系の間になると、原子の数は極端に減り、密度は1立方センチメートル当り100万分の1個以下、圧力にして10-21パスカル以下と考えられている。ここまでくると限りなく本当の真空に近い空間である。
[坂上裕之 2017年3月21日]
真空の物理学
では、物理学における真空とはどんなことを意味するのか。まずは残留気体がゼロの空間はどのような性質をもっているのか。電磁気学の創設者J・C・マクスウェルや電波の発見者H・R・ヘルツらも電磁波(光や電波)を伝える媒質としてなんらかの物質(エーテル)の存在を信じていた。エーテルの存在が否定され、真空の物理学的意味が明らかにされるようになったのは、アインシュタインの相対性理論以後のことである。物質を排除した完全な真空は、その一般相対性理論の立場から、空間の三次元に、時間の一次元を加えた四次元の時空を意味する。しかもその真空(時空)のゆがみの伝達が重力を発生させる。つまり重力は真空(時空)のさざ波なのである。真空が電場や磁場の担い手としての働きをその本性としてもつものであることは、量子力学的場の理論の発展とともにしだいに明らかになった。1928年イギリスの物理学者P・A・M・ディラックは「ディラック方程式」とよばれる、電子を記述する新しい相対論的運動方程式を導き、「相対論的量子力学」をつくりあげ、質量は電子と同じで電荷が逆の反粒子である陽電子の存在を予言した。その反粒子の存在は1932年アメリカの原子物理学者C・D・アンダーソンによって電子と陽電子の対生成として霧箱の中で発見された。このディラックの相対論的運動方程式は、真空が電子の充満した負エネルギー状態であることを導き出した。これは真空に外からエネルギーを注入しさえすれば、電子が正エネルギーに励起され飛び出してくることを意味する。負電荷の電子が飛び出した後には正電荷の穴があく。まさにこれが陽電子なのである。17世紀にトリチェリらによって発見された真空。何もない無(ゼロ)の世界の真空が、驚くべきことに、実はエネルギーを注入することで粒子を生み出すダイナミックな世界(時空)であることがわかったのである。
さらに今度は、時間スケールを大きく広げてみよう。すべてはビッグ・バンから始まるというビッグ・バン理論に従えば、いまから138億年前の大爆発によって宇宙は誕生し、急激な膨張を始めると同時に急激に冷え始める。ビッグ・バンの10-44秒後、第1回目の真空の相転移がおこる。温度の低下(といっても1032Kという途方もない温度であるが。K=ケルビン、0℃=273K)に伴い対称性が破れ、統一されていた力(原始の力)から重力が分岐する。宇宙はプランク世界(重力が量子化されている原始の世界)から大統一の世界へ移行する。そのとき、時空は量子化から解き放たれ、原始の真空は多次元からわれわれが現在住む四次元(空間の三次元+時間の一次元)の真空(時空)へと姿を変える。10-36秒後には温度は1028Kまで冷え、第2回目の真空の相転移がおこり、今度は大統一力(強い力、電磁力、弱い力)のなかから強い力が分離する。このとき宇宙には重力、強い力、そして電磁力と弱い力の統一力という三つの基本的な力が存在していた。やがて第3回目の真空の相転移が10-11秒後におこると、さらなる温度の低下(1015K)により真空の対称性はさらに低下し、電磁力と弱い力が分岐する。これによって、われわれが今日観測する4種類の基本的な力(重力、強い力、電磁力、弱い力)がそろった。さらに10-4秒後、温度は1012Kとなり第4回目の真空の相転移がおこり、素粒子のクォークが強い相互作用をするハドロンに束縛される。これにより素粒子は、中間子とバリオン(重粒子)からなるハドロンと、点状粒子である電子やニュートリノなどからなるレプトン(軽粒子)とに分類される。そして現在われわれが生きているのは、ビッグ・バンから4.3×1017秒後(138億年後)の2.7Kの背景放射に満たされた冷たい世界なのである。
これが現在の最先端理論の宇宙創生シナリオの一つである。無から生まれたとされる宇宙、その創世時の真空の本性の進化が、現在の物質の究極構造と密接な関係にあることは驚くべきことである。
[坂上裕之 2017年3月21日]
原子と真空
古代以来、真空の概念は原子論と不可分であった。古代ギリシアの原子論者デモクリトスは、世界は空虚の中を運動する無数の微小な原子からなるとして、空虚の存在は原子の存在と同じく確かなものと考えた。一方で、原子論を拒否して物質を連続体と考えたアリストテレスは、空虚の存在を不合理なものとして否定した。アレクサンドリアの科学者のなかには原子論を受け継ぎ、気体の実験的研究を行う者もあったが、アリストテレスの学問的権威は近代までのおよそ2000年の間、原子と真空を自然学の世界から追放した。中世のスコラ哲学では、自然において真空はありえないものとされ、大気圧によるさまざまな現象は「自然は真空を嫌悪する」ということばによって説明されたのである。
[内田正夫]
真空の実証
スコラ哲学を批判し、近代科学を準備した16、17世紀の人々によって古代の原子論は復活された。けれども、彼らの議論ももっぱら思弁に頼ったもので、原子相互間の微小な真空は存在するというものの、感覚でとらえることのできる大きな真空がありうるとは思われなかった。また、デカルトのように、あらゆる空間は微細な粒子で満たされているとして、真空を認めない者もあった。彼は物体の本質は幾何学的延長にあると考え、粒子は無限に分割可能であるとした。
このような思弁的議論にとらわれず、初めて実際に真空をつくってみせたのが、ガリレイの弟子のトリチェリであった。彼は1643年に有名な「トリチェリの実験」を行い、真空の存在と大気圧の作用を明らかにした。トリチェリの見解は、数年後、フランスのパスカルによっていっそう十分に証明された。彼らとは別に、ドイツのゲーリケは、1650年ごろ、真空ポンプを製作して、青銅やガラス製の中空の球を排気することに成功した。このポンプは、トリチェリの方法によらなくとも自由に真空がつくりだせる新機械であった。彼は有名な「マクデブルクの半球実験」によって大気圧の強さを示したり、真空中での燃焼、音の伝播(でんぱ)、小動物の呼吸などを調べた。これらの実験は広く伝えられ、17世紀なかば過ぎには真空実験は一つの流行となった。こうして、空気の排除された空間としての真空の存在は疑いようのないものとなったのである。
[内田正夫]
高真空と現代物理学
ゲーリケのタイプの真空ポンプはさまざまな改良を加えられて、18世紀には科学実験室に普通の設備となった。その真空度はせいぜい1~10-1mmHg程度であったと考えられるが、19世紀後半以後、ガイスラーやシュプレンゲルHermann Sprengel(1834―1900)らによって水銀を用いた効率のよい真空ポンプが考案され、10-4mmHgを超える高真空が得られるようになった。これらのポンプは真空放電の研究に利用されたもので、やがて白熱電球からエジソン効果の発見、陰極線の研究からX線の発見がもたらされた。さらに1904年に発明された真空管は、20世紀のエレクトロニクスの展開の端緒となった。
20世紀には拡散ポンプによっていっそうの高真空が得られるようになり、その技術は粒子加速器などの現代物理学の実験手段を支える基礎となっている。また、真空冶金、真空蒸着、真空蒸留などの技術的応用も広く行われるようになった。
[内田正夫]
『金持徹編『真空技術ハンドブック』(1990・日刊工業新聞社)』▽『日本真空協会編『超高真空実験マニュアル』(1991・日刊工業新聞社)』▽『T. A. Delchar著、石川和雄訳『真空技術とその物理』(1995・丸善)』▽『日本真空工業会編『真空用語事典』(2001・工業調査会)』▽『小宮宗治著『わかりやすい真空技術』(2002・オーム社)』▽『飯島徹穂著『真空のおはなし』(2003・日本規格協会)』▽『広瀬立成著『真空とはなんだろう――無限に豊かなその素顔』(講談社・ブルーバックス)』