生痕化石(読み)セイコンカセキ(英語表記)trace fossil

翻訳|trace fossil

デジタル大辞泉 「生痕化石」の意味・読み・例文・類語

せいこん‐かせき〔‐クワセキ〕【生痕化石】

堆積物たいせきぶつの上や中に残された、過去の生物の生活の跡。生物本体ではなく、足跡・い跡・巣穴・排泄物はいせつぶつなどの化石。生痕。生活化石痕跡化石

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改訂新版 世界大百科事典 「生痕化石」の意味・わかりやすい解説

生痕化石 (せいこんかせき)
trace fossil

痕跡化石ともいう。ドイツ語のLebensspurenは,生活活動もしくは生命現象の痕跡ということで化石の意味を含まないが,それらの研究はイクノロジーichnology(語源からいえば足痕学)とよばれる。生痕化石を研究する学問はパルイクノロジーpalichnology(いわゆる古生痕学)である。生痕化石はイクノフォッシルichnofossilとよばれることもあるが,この語はギリシア語とラテン語の合成語であるために批判がある。生痕化石とは,地層に保存された古生物の生活活動の痕跡,例えば主として脊椎動物による足跡や主として無脊椎動物による這い跡,生物が作った穴,採食跡や糞石,排泄物などをいう。特異なものとしては,爬虫類胃石がある。足跡のなかでは,例えば三畳紀のイギリスの両生類Chirotheriumの足跡やアメリカの爬虫Anomaepusの足跡は有名である。また這い跡には,おもに無脊椎動物の軟体動物,昆虫類,サソリ類甲殻類,環形動物の多毛類などによるものが多い。生痕を残した生物体が不明なために,それらの生痕化石に対し広義にはプロブレマチカの語が使われる場合も多い。生痕化石は,最大の特徴である現地性のために堆積環境の推定に役立つ示相化石として,またその産出様式によって地層の上下判定が極めて有効なために,層位学的ならびに構造地質学的にその意義が重要視されている。

 生痕の分類,命名に関しては,試案的に生痕化石の命名規約などがあるが,まだ国際的規約はない。生痕化石の新属,新種の公表が現行の国際動物命名規約にのっとった形式でなされているが,それらの系統的分類は極めて困難であり,一般には形態のみによって生痕属,生痕種が決められている。このような記載的分類のほかに,行動的分類,産出論的分類,堆積環境による分類などが活発に試みられている。生痕の行動的分類(A. ザイラッハ,1953。R.W. フレイ,1971)によると,生痕はつぎの5種類の型,(1)ヤスミアト(休息痕),(2)ハイアルキアト(匍匐(ほふく)痕),(3)クイアルキアト(採食痕),(4)スミクイアト(採食孔),(5)スマイアト(巣穴-居住孔)に分類される。ただし,排泄物や穿孔についての分類は含まれていない。ヤスミアトは移動性の動物が一時的に砂中に浅くもぐるときなどにできる浅いくぼみの印痕,ハイアルキアトは移動性または半固着性の底生動物が底質上を動くときにできる印痕,クイアルキアトは堆積物を捕食する移動性の動物が餌をあさるときにできる印痕,スミクイアトは堆積物を捕食する半固着性の底生動物によってつくられる住いと餌のあさり場兼用の巣穴の印痕,スマイアトは半固着性の多毛類などがつくる永続的な住いとなる巣穴の印痕である。産出論的分類(マーチンソン,1965)によると,産出様式によって表層痕,内層痕,底層痕,他層痕に区分される。堆積環境による分類では,代表的な生痕化石群集を堆積相によってフリッシュ型とモラッセ型に分けたり(A. ザイラッハ,1955。W. ヘンチェル,1975),海域における深度を生痕化石群集によって五つの生痕化石相に区分(A. ザイラッハ,1967)することもある。

 生痕化石の産出は多種多様であり,先カンブリア時代から第四紀まで汎世界的に知られている。生痕化石のなかには,ある限られた地域で一定の層準を示すものがあるので,示準化石の役割をはたすことがある。ヨーロッパオルドビス紀の糞石Tomaculum,南ドイツ三畳系の巣穴化石Arenicolites franconicuはそのよい例である。日本のこの分野の研究は,まだ活発とはいえないにしても,すでに相当数の生痕化石が各地から知られている。特に近年では,甲藤次郎によって四国および紀州の四万十帯の白亜系~第三系から多数の生痕化石が報告され(1960-80),そのなかには15新属,28新種,2新亜種が含まれている。これらの化石のほとんどはフリッシュ型の環虫化石の這い跡,糞,管であるが,まれにそれらの体化石もみつかっている。そのほか正体不明のパレオディクチオンPaleodictyonがいろいろの層準から発見されている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「生痕化石」の意味・わかりやすい解説

生痕化石
せいこんかせき
trace fossil
ichnofossil

古生物の各種の生活記録が地層の内部や表面に保存されている化石。生活化石、痕跡化石ともいう。生痕には、底生生物の底質表面におけるさまざまな移動の記録や、底質内部に掘り進んだ穿孔跡(せんこうあと)や生息(住居)跡のほか、陸上動物の足跡、住居跡などがある。そのほか、軟体動物や魚類、哺乳(ほにゅう)類などの排泄(はいせつ)物が保存された糞石(ふんせき)coproliteや、爬虫(はちゅう)類の胃の中にあって消化の補助となった胃石(いせき)gastrolith、および各種の動物の卵の化石も知られている。アメリカや中国およびモンゴルからは卵の並んだ恐竜の巣と思われるものが発見されている。

 オーストリアの古生物学者アーベルは『過去の生物の痕跡』Vorzeitliche Lebensspüren(1935)のなかで、生痕化石の種類や研究の方法と意義をまとめている。そのなかには、古生物の病型や奇形の化石、共生・寄生関係を示すものも含まれている。現生種も対象に含めたこの種の研究を生痕学ichnology、排泄物や足跡の研究をそれぞれ糞形学coprology、足痕学pedalogyとよび、野生動物の保護や狩猟者の動物探索の情報資料となっている。

 生痕化石は古生物が生活した場所に残されているため、古生物の生態や生活の復元に役立つ。また10億年前よりも古い地層から発見されているため、無脊椎動物の起源を考えるための貴重な資料ともなっている。生痕化石の研究は古生痕学palaeoichnology(化石生痕学)とよばれ、古生物学の重要な研究部門となっている。ふつう生痕化石には、生痕を残した生物の体の化石が伴わないことが多く、偽化石を生痕化石と見誤ることが多く、その判定には現在の生痕と比較するなどの慎重な検討が望まれている。

[大森昌衛]

『リチャード・G・ブロムリー著、大森昌衛監訳『生痕化石――生痕の生物学と化石の成因』(1993・東海大学出版会)』『福田芳生著『生痕化石の世界――古生物の行動を探る』(2000・川島書店)』


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知恵蔵 「生痕化石」の解説

生痕化石

化石のうち、生物の生活の証拠を残したもの。地層や、化石の上や中に残された構造(足跡や這い跡、せん孔、食事の跡、排泄物などの化石)。生物の遺骸そのものを体化石というのに対応する用語。恐竜の糞石(ふんせき)=コプロライト、胃石、足跡などから恐竜が生存した時の具体的行動や生態が分かる。カナダで発見された特大の糞石は、長さ44cm、高さ13cm、幅16cmに達し、骨の破片含有率が高く(30〜50%)、獣脚類の摂食・消化の経緯が分かる。一般に生物の休息跡、居住跡、座食跡、獲物を追った跡、這い跡などが識別され、生活の場が保存されていることは、古生物の生活様式や機能の復元上、重要。

(小畠郁生 国立科学博物館名誉館員 / 2007年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

百科事典マイペディア 「生痕化石」の意味・わかりやすい解説

生痕化石【せいこんかせき】

古生物の生活の跡が化石となって残ったもの。痕跡化石,生活化石とも。足跡や巣穴,排泄(はいせつ)物,骨折した跡のある骨など。古生物の生活や行動,共生関係,生息環境などを調べるうえで重要な化石である。
→関連項目エディアカラ動物群

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岩石学辞典 「生痕化石」の解説

生痕化石

生物体によって残された跡の一般的な名称[Abel : 1935, Seilacher : 1953].古生物が生活したことを示す痕跡.

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世界大百科事典(旧版)内の生痕化石の言及

【化石】より

…これを核ないし石核(ドイツ語ではSteinkern)という。 古生物の生活活動の痕跡が岩石や鉱物の形で残存しているものは生痕化石と呼ばれる。生痕化石はいろいろの基準によって分類される。…

※「生痕化石」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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