日本大百科全書(ニッポニカ) 「瓦」の意味・わかりやすい解説
瓦
かわら
roof tile
代表的な屋根葺(ふ)き材料の一つで、粘土瓦とセメント瓦に大別されるが、ほかに特殊な材料によるものもある。近年、従来の粘土瓦、セメント瓦以外の新しい屋根葺き材料としてシングル(ストレートアスファルトをアスファルトルーフィング用原紙に浸透させ、表面に着色した砂を付着させ一定の形にしたもの。ほかに芯(しん)材にアスファルト系材を用いず、ガラス繊維と合成樹脂、鉱物粉末混合材からつくられる不燃性のシングルもある)や石綿(せきめん)スレート(セメントと石綿を混練し、波形や瓦形、あるいはシングルのように平形に圧縮成形したもの)、ガラス瓦(採光を目的とし、ガラスを瓦状に鋳造成形したもの)、金属瓦(表面に着色防錆(ぼうせい)処理を施した金属板を瓦形にしたもの)など、新素材を使用した製品が製造されている。粘土瓦は、これらの新素材によってつくられた製品に比べ、重量が大きく耐震性に劣り、衝撃や凍害によって破損しやすいなどの欠点があり、一時需要が減少していたが、外観や耐水・耐火性、断熱性、耐久性など優れた点が見直され始め、また高強度化と靭性(じんせい)化、軽量化などの研究も盛んに行われるようになり、最近ではその使用も増大している。現在、瓦として多く用いられているものは粘土瓦とセメント瓦である。
[岸谷孝一]
粘土瓦
原料は、通常の田畑で得られる下層土から粗粒砂や有機物、アルカリ分などを除いた低級粘土で、採取した原土を粉砕機にかけて微粉砕し、これを溶解し、ふるい→脱水→混練の各工程を経てつくられる。瓦は暗室中で一定期間ねかせ、成熟させた粘土を再混練し、荒地成形→仕上げ→乾燥→焼成→冷却の順で製造される。
粘土瓦は、焼成方法と形状により呼び名が異なる。焼成方法によって、(1)素焼瓦(成形乾燥したものを単に焼き締めたままのもの。色は赤および褐色)、(2)いぶし瓦(黒瓦、銀色瓦ともいい、焼成の最終工程に松葉や松木をたいていぶし、表面に炭素質を固着させたもの)、(3)塩焼(しおやき)瓦(赤瓦ともよばれ、焼成末期に食塩を投入し、分解したナトリウムガスと粘土中のケイ酸成分を反応させ、表面にガラス質を形成させたもので赤褐色)、(4)釉薬(ゆうやく)瓦(成形乾燥させたものに釉薬をかけて焼き、表面にガラス質を形成させたもの。釉薬により多種の色がある)の4種に大別される。
また形状により和型瓦(日本瓦)と洋型瓦とに分けられる。和型瓦は使用箇所や形に応じ、(1)平瓦(断面がわずかに円弧状をなすもので、丸瓦と丸瓦との間に葺く瓦)、(2)桟瓦(さんがわら)(横断面が波形をしており、屋根面の大部分を覆う瓦)、(3)軒(のき)瓦(唐草(からくさ)瓦ともいい、軒端に葺く瓦)、(4)丸瓦(断面が半円状のもので、瓦と瓦をつないだり、棟線を葺くときに用いる)、(5)鬼瓦(大棟、隅棟、下り棟などの先端に装飾としてつける瓦)、(6)面戸(めんど)瓦(桟瓦とのし瓦とのすきまを埋める瓦)、(7)三つ叉(みつまた)瓦(寄棟屋根の棟線が三方からぶつかる点に用いる丸瓦の一種)などがある。
洋型瓦には、平板瓦、S型瓦、三角冠瓦、ミッション瓦、イタリア瓦、スペイン瓦、支那(しな)瓦、ギリシア瓦、イギリス瓦、フランス瓦などの種類がある。洋型瓦はほとんどのものが釉薬瓦で、表面には光沢があり吸水性が低く、防水性、耐候性に富む。
[岸谷孝一]
セメント瓦
原料は、セメントと硬質細骨材とを混練したモルタルで、通常のセメント瓦は、これを型に手詰めし、表面を平滑にするためセメント粉末を振りかけたのち養生を行い製造される。最近では、セメント量の多いモルタルを高圧プレス成形し、水中・気中養生したものの表面にさらに焼付け静電塗装を行い、従来のセメント瓦に比べ耐力・耐久・防水性を大きく向上させたものも製造されている。形状は粘土瓦とほぼ同じである。
瓦の生産は中小工業が主体に、ほぼ全国で行われているが、粘土瓦については、良質の粘土が採取できる愛知県(三州瓦)、京都府(京瓦)、大阪府(泉州瓦)、石川県(能登(のと)瓦)、島根県(石州瓦)などに集中している。独特な味わいをもつ沖縄の琉球(りゅうきゅう)瓦のような風土に根づいた瓦もある。
[岸谷孝一]
日本の瓦
日本で使われてきた瓦葺きの屋根葺きの形式には、本瓦葺きと桟瓦葺きとがある。本瓦葺きは平瓦と丸瓦を交互に並べて葺く形式で、飛鳥(あすか)時代崇峻(すしゅん)天皇元年(588)に百済(くだら)からその技術が伝えられて以来使われてきた。丸瓦は直径15~17センチメートル程度の円筒を二分した形、平瓦は1辺30センチメートル程度の方形で、やや湾曲した形が普通である。丸瓦は重なり部分に玉縁をつけ、突きつけて並べるのが普通であるが、全体を円錐(えんすい)形に細めた丸瓦もあり、この丸瓦を重ねながら葺く葺き方をとくに行基(ぎょうき)葺きとよんでいる。行基葺きの遺例はきわめて少なく、奈良の元興寺(がんごうじ)極楽坊、京都の宝塔寺、兵庫の浄土寺浄土堂、大分の富貴寺にみられるくらいである。平瓦は少しずつずらしながら重ねて葺いている。桟瓦葺きは、江戸時代に発明された桟瓦1種類だけで葺く形式である。桟瓦は、本瓦葺きの平瓦の1辺を湾曲とは反対に折り曲げ、二つの対角を欠いた形で、葺くときの重なり部分が少なく、丸瓦を使わないため重量を軽減することができた。また、桟瓦の裏面に突起をつけた引掛け桟瓦は、野地板に打った桟に掛けて葺き、それまで瓦を安定させるため野地板の上に敷いていた粘土が要らなくなり屋根がいっそう軽くなった。幕末から現在に至るまで引掛け桟瓦が瓦葺きのもっとも一般的な形式になっている。
以上の基本的な瓦のほかに、棟をつくるためののし瓦、雁振(がんぶり)瓦、輪違(わちがい)瓦、棟の端を飾る鳥衾(とりぶすま)、鬼瓦、鴟尾(しび)、軒先を飾る鐙(あぶみ)瓦、宇(のき)瓦、そのほかに面戸(めんど)瓦、棰先(たるきさき)瓦、隅木先(すみきさき)瓦、隅木蓋(すみきぶた)瓦などがある。
これらのうち鬼瓦、鴟尾、鐙瓦、宇瓦は、形状や文様によって屋根を特徴づけている。鬼瓦、鴟尾はともに飛鳥時代から使われているが、鬼瓦の文様は白鳳(はくほう)時代までは主として蓮華(れんげ)文が装飾として使われ、天平(てんぴょう)時代になって初めて鬼面文の鬼瓦が現れる。鴟尾は飛鳥時代、白鳳時代には寺院の主要な建物を中心に盛んに使われているが、鬼瓦がしだいに多くなり、中世以降になると近世の城郭建築に鯱(しゃち)が使われたほかは、ほとんど使われなくなった。鐙瓦(軒丸瓦)の文様は古代には蓮華文がもっとも一般的であったが、円だけを描いた重圏文、宝相華(ほうそうげ)文などもわずかに用いられていた。平安時代になると巴(ともえ)、五輪塔、輪宝、文字などが文様として用いられるようになり、近世の城郭や宮殿などでは家紋が使われている。宇瓦(軒平瓦)の文様は初め唐草文が主流であるが、時代が下るとともに多彩になる。
平城宮東院や京都の東寺、平安宮からは緑釉のかかった瓦が出土し、また奈良唐招提寺(とうしょうだいじ)からは三彩釉の瓦が出土しており、わずかではあるが日本でも釉(うわぐすり)のかかった瓦が用いられていたことが明らかである。
以上の陶製の瓦のほかに、中尊寺金色堂などには木製の瓦が、福井の丸岡城天守などには石製の瓦が使われている。また、日光東照宮などの銅瓦葺き、金沢城石川門などの鉛瓦葺きなど、金属を用いたものが知られているが、これらは、金属で瓦をつくって葺いたのではなく、木で本瓦葺きのような形の下地をつくり、その上に銅板や鉛板を張って瓦葺きにみせたものである。これらの陶製以外の瓦は多くは寒冷地で用いられるか、防火の目的で使われている。
陶製の瓦は、中国大陸、朝鮮半島はもとより、ヨーロッパにおいても古代から使われている。中国大陸では夏(か)の時代に瓦がつくられていたという記録があり、春秋戦国のころになれば遺品がみられるようになる。さらに漢代には、画像や明器(めいき)によって宮殿や城郭などが瓦葺きであったことが明らかである。唐代には寺院、宮殿、都城などに広く用いられ、明(みん)・清(しん)代につくられた宮殿、陵墓などは黄色、碧(へき)色、藍(あい)色などの釉を施した瓦で飾られている。また、棟の飾りは、鬼瓦よりは鴟尾が多く用いられ、下り棟には何種もの走獣がみられるものが多い。
ヨーロッパでは、瓦は、スペイン、南フランス、イタリアなどをはじめ、地中海に面した地域に多く用いられている。
[平井 聖]