栗栖野瓦窯跡(読み)くるすのがようあと

日本歴史地名大系 「栗栖野瓦窯跡」の解説

栗栖野瓦窯跡
くるすのがようあと

[現在地名]左京区岩倉幡枝町

幡枝を中心に分布する瓦窯跡群で、「延喜式」所載「栗栖野瓦屋」に比定される。岩倉盆地内には、ほかに同じく官瓦窯の小野瓦窯跡もある。

窯跡群は福枝、南庄田みなみしようだ、西幡枝の三地区に大別でき、中心は福枝地区とみられている。福枝では昭和五年(一九三〇)と六年に発掘調査が実施された。窯体はいずれも平窯で、最も残存状態の良好な一例によれば、構造は燃焼室と焼成室に分れ、その間に隔壁がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

国指定史跡ガイド 「栗栖野瓦窯跡」の解説

くるすのかわらがまあと【栗栖野瓦窯跡】


京都府京都市左京区岩倉幡枝町にある窯跡。市の北郊外、良質の粘土と燃料の薪(まき)に恵まれた岩倉盆地の栗栖野に位置する。一帯は平安京造営以前から瓦製造が盛んで、なかでも栗栖野瓦窯は、平安京の宮殿や東寺・西寺などの寺院の瓦を製造した官営の瓦窯だった。『延喜式』に記された「小野栗栖野両瓦屋」の一つで、平安時代を通じて操業した。縦2m、横1.5mの瓦床に坑道や火床が残っており、瓦窯跡内からは、窯詰めされたままの瓦約600枚が見つかっている。現在は埋め戻されており、山の斜面となっている。1934年(昭和9)に国の史跡に指定された。叡山(えいざん)電鉄鞍馬(くらま)線木野駅から徒歩約10分。

出典 講談社国指定史跡ガイドについて 情報