有機試薬(読み)ゆうきしやく(英語表記)organic reagent

改訂新版 世界大百科事典 「有機試薬」の意味・わかりやすい解説

有機試薬 (ゆうきしやく)
organic reagent

試験用・研究用の化学薬品(試薬)のうち,有機化合物から成るものの総称。無機試薬の対。無機試薬に比べて種類が多く,構造も複雑で使用目的が多岐にわたる。狭義に,化学分析や分離に使用される有機薬品に限り有機試薬と呼ぶこともある。

 使用目的に従い多種類に分類されるが,身近な例からあげるとpH指示薬がある。これは水溶液の酸性・アルカリ性に応じて化学構造が変化して色が変化する色素である。これを紙片にしみ込ませてpH試験紙が作られる。金属イオンの分析や分離に用いられるキレート試薬は,特定の金属あるいは金属群と選択的に反応して錯体金属キレート)を作る。錯体が水に不溶であれば金属は沈殿物として分離され,その重量を測って金属を定量する(沈殿試薬)。8-キノリノールによる銅イオンの沈殿がその例である。錯体が水に難溶で有機溶媒に可溶であれば,溶媒抽出によって共存する他金属から分離することができる(抽出試薬)。ジチゾンによる水銀イオンの抽出がその例である。錯体が独特の着色や蛍光をもつ場合は,これを利用して微量の金属の定性や定量が可能である(比色試薬,蛍光試薬)。ピリジルアゾレゾルシンによるコバルトの比色定量や,ルモガリオンによるガリウムの蛍光定量が例にあげられる。抽出比色試薬を用いる場合のように,溶媒抽出した後に比色定量を行うこともある。水溶性の錯体を作るキレート試薬は,金属イオンを封鎖マスキング)する目的に用いるほか,分離,比色等において金属選択性を高めるために補助試薬として用いる。EDTAエチレンジアミン四酢酸)は,水溶性錯体を作る代表的な試薬であり,金属の容量分析に必須である(キレート滴定)。

 一方,有機化合物の特定構造部分(官能基)と選択的に反応して結晶を生じたり,強い着色や高い揮発性など独特の性質をもった化合物を与える試薬が数多く開発されている。このときに得られる結晶や色素を誘導体と呼び,有機化合物の分離や分析に広く応用されている。たとえば,アルデヒド類はp-ニトロフェニルヒドラジンと反応して黄色のヒドラゾンを生ずる。上述のような各種の反応において試薬の選択性がとくに高いとき,これを特殊試薬special reagentと呼ぶことがある。これらのほか,物理化学的測定や特殊な有機合成反応に用いられる試薬があり,また生化学,医化学,生理学の分野ではさらに多種多様な有機試薬が用いられている。たとえば,タンパク質アミノ酸配列を決定するために,アミノ基末端を特別な有機試薬によって標識する。タンパク質や核酸化学合成に際して副反応を抑えるために,反応活性基を保護する試薬を用いたり,酵素活性を測定する際は,酵素による分解速度が容易に測定できるような試薬(合成基質)を利用する。顕微鏡による細菌の判別や生体組織の観察には,適切な有機試薬(色素)による染色が不可欠である。このように,学術研究の高度化に伴い,有機試薬の性格や機能も多様化しつつある。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「有機試薬」の意味・わかりやすい解説

有機試薬
ゆうきしやく
organic reagent

無機試薬に対する語。検出もしくは定量しようとする目的物質と直接化学反応を起すような有機化合物をいう。無機重量分析における沈殿剤,比色や検出反応における呈色試薬,容量分析における滴定剤,各種の指示薬,マスキング剤,各種抽出剤,クロマトグラフィーにおける展開剤,イオン交換樹脂などに特に使用される。

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