描画発達(読み)びょうがはったつ(英語表記)drawing development

最新 心理学事典 「描画発達」の解説

びょうがはったつ
描画発達
drawing development

描画活動は1歳前後に始まり,精神発達に伴って各時期に特徴的な描画表現を生み出しながら,諸段階を経て発達する。描画の発達段階に関してはリュケLuquet,G.H.(1927)やローエンフェルドLowenfeld,V.(1947)などの見解が提起されているが,これらの見解を集約すると,なぐり描き期,図式画期,写実画期の段階に大別される。

【なぐり描き期】 第1段階は約3歳までの無意味な線描を描くなぐり描きscribble(スクリブル)または錯画の時期である。この時期は対象を描く以前の段階と位置づけられ,手を動かして描くことに喜びを見いだす運動的興味や紙上に描かれた軌跡に関心を示す視覚的興味から描画活動を行なうとみなされている。1歳過ぎの子どもは筆記具を持って運動的に統制した描線を描くことが難しいが,肩,腕,手指などの運動制御の発達に伴い直線曲線,円,長方形などの多様な描線や形を描出可能になる。ケロッグKellogg,R.(1969)は描線に着目して20種類の基本的スクリブルを区別し,これらの組み合わせから描画やデザインが構成されるとみなした。しかし,この時期は単に多様な描線の描出が可能になるのみならず,次の発達段階である対象表現を準備する時期ともとらえられる。リュケはこの時期に子どもが描線に何かの形を発見して命名すると述べ,これを偶然のリアリズムfortuitous realism(偶然の写実性)と名づけた。偶然のリアリズムは対象表現の萌芽を示す子どもの自発的な描画活動であるが,それに加えて,最近の研究は行為表象ジェスチャ-的表象)や見立て的描出も新たに見いだしている(山形恭子,2000)。行為表象とは「ブ―」と言いながら描線を動かして車を表わす,「ピョンピョン」と言って筆記具を上下に動かしてウサギを描く場合を指す。行為表象は対象の特徴を動作や動きで表わし,表現と描出行為が一体化しているが,表現意図がそこに存在する。

 また,見立て的描出とは「パパ」や「小鳥」と描線に名づけるが,対象が視覚的な形で表現されておらず,表現意図やつもりが優位である場合を指す。これらの描画活動はいずれも初歩的な対象表現を示しているが,さらにこの時期には子どもと周囲の他者との描画活動を介した社会的相互作用も認められる。養育者は子どもに「何を描いたの」と頻繁に質問し,また,子どもと養育者が描画課題を共有して描くことも見られる(Adi-Japha,E.,et al.,1998;Yamagata,K.,1997)。こうした他者との社会的相互交渉を通じて,子どもは描線が何かを表わすことを理解して表現意図を明確化し,対象の形に基づく表現方法を学ぶ。

 また,次段階の対象表現へ向かう過渡期に独特な人物画出現する。この人物画は広く世界共通に見られ,頭足人画またはオタマジャクシ画tadpole figureといわれる(図)。頭足人画は次の図式画期初期に位置づけることもできるが,約2~3歳から4~5歳に見られ,円状の描線で頭部や顔部を描き,そこに手や足を描き加えて,胴体が欠落した特徴的な表現様式で表わされる。リュケはこのような描画を出来損ないのリアリズムfailed realismとよんだ。頭足人画の出現に関しては諸説が提起され,幼児がもつ人物の心的表象やイメ-ジが未分化で不完全であるために胴が欠落し,頭と胴が未分化でひとまとまりに描かれるとする心的表象仮説,描画構成活動におけるプランニング能力の未発達説,運動技能の未熟説,総合能力の欠如説や記憶などの情報処理能力限界説がある(Cox,M.V.,1992)。これらの諸説の妥当性は,現在,未確定であるが,複合的要因の作用が推定される。

【図式画期】 第2段階は約3~4歳から6~7歳に見られ,図式表現が描かれる図式画期である。この時期には対象を視覚的な形態で表わすことができるが,同じ形やパターンの組み合わせを繰り返し使用し,一定の型にはまった図式表現で表わす。この時期の描画は事物や世界を一定の視点から見えるとおりに描くのではなく,知っていることや感じたことを描くという特色をもつ。リュケは幼児期に特有なこうした表現を知的リアリズムintellectual realism(知的写実性)と名づけた。一方,対象をある一定の視点から見えたとおりに描く次段階に出現する描画を視覚的リアリズムvisual realism(視覚的写実性)とよんだ。知的リアリズムは幼児期の心性と深く結びつき,総合能力や注意能力の欠如,自己中心性,空間認識能力の未発達などによって説明されるが,多様で独特な表現様式を生み出している。代表的な表現としては対象の内部を透けて見えるように描くレントゲン画(透明画),視点を正面,側面,上方等の多様な視点から描く視点の混合,空を飛ぶ鳥の目から眺めたかのように描く擬鳥瞰図法,隠れた見えない部分を広げて展開して描く擬展開法などがある。しかし,課題を見えるとおりに描くように促す条件設定をした場合は知的リアリズムが認められないとする報告もある(Davis,A.M.,1983)。さらに,この時期には画面上の空間配置が理解され,基底線として地面を描き,そこに人や花,家,太陽を描く描画が出現する。

【写実画期】 第3段階は7~8歳以降の写実画が成立する時期を指す。この時期には対象や世界を客観的,分析的に認識する能力が発達し,対象を一定の視点から人の眼に映るのと同じように描く写実画が描かれる。リュケはこの時期の描画を見えたとおりに描くという特徴をもつととらえ,上記のように視覚的リアリズムとよんだ。写実画では画面上に距離感や遠近感を表わすために遠上近下の位置や遠小近大の遠近画法または透視図法が用いられる。ウィラッツWillats,J.(2005)はこうした空間関係を表わす表現様式の発達を調べるために事物が置かれた机の描画について分析している。その結果,遠近画法に至るまでの発達段階にはトポロジ-から正投影法,水平・垂直斜投影法,斜投影法を経て遠近法・透視図法へ至る過程が見られると提起している。しかし,高度な芸術性に基づく描画の完成は青年期以降の発達を待つ必要がある。

 描画発達研究は上記の写実画に至る道筋の解明だけでなく,近年,多様な問題を取り上げて追究されている。描画産出過程に関してはプロセス分析から注意やプランニング,作動記憶との関連が詳細に研究されている。また,描画における幸せ・悲しみ・怒りなどの感情表出の発達(Jolley,R.P.,2010)や文化(マンガ・アニメを含む)や美術教育の違いなどの社会文化的環境要因の影響も究明され(Cox,et al.,2001),研究の広がりが見られる。最近の研究はまた広い視野から描画をとらえて,領域に固有な表記知識の観点からシンボル諸領域間の関係を吟味し,描画や文字,数字のシンボルとしての共通性と独自性を解明する試みやシンボル表象活動における人とチンパンジ-の比較検討なども行なわれている。 →認知発達
〔山形 恭子〕

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