精選版 日本国語大辞典「惑」の解説
まど・う まどふ【惑】
〘自ワ五(ハ四)〙 (古くは「まとう」)
① どの道を進んだらよいかわからなくなる。道に迷う。あちこちする。
※万葉(8C後)二・二〇八「秋山の黄葉を茂み迷(まとひ)ぬる妹を求めむ山道知らずも」
② 考えが定まらずに、思案する。分別に苦しむ。途方に暮れる。
※万葉(8C後)四・六七一「月読(つくよみ)の光は清く照らせれど惑(まとへ)る心思ひあへなくに」
③ どうするという考えもないうちに、まごつきながら行動する。あわてる。狼狽する。
※落窪(10C後)二「あのくしの箱得んとあめりとのたまへば、まどひ持て来て」
④ あれこれ難儀する。苦労する。苦しむ。なやむ。
※落窪(10C後)二「その胸をやみ給ひし夜は、いみじうまどひて」
⑤ 髪などが乱れる。ほつれる。
※狭衣物語(1069‐77頃か)二「御髪の久しう梳(けづ)りなどもせさせ給はねど、まどへる筋なくゆらゆらとして」
⑥ 他の動詞に付いて、その動作の程度が激しいことを表わす。ひどく…する。ひたすら…する。
※伊勢物語(10C前)一〇七「案を書きて、かかせてやりけり、めでまどひにけり」
[語誌](1)「古事記‐上」に見える神名「大戸惑子神」の訓注に「訓レ惑云二麻刀比一」とあるところから古くは「まとふ」と清音であったとされる。
(2)本来は、事態をじゅうぶん把握できずに対処のしかたに迷う意である。平安時代後期になると「まよふ(迷)」との区別が薄れる。
(3)「まよう(まよふ)」が進む道や目標がわからずあちこち動き回るという行動に重点があるのに対して、「まどう(まどふ)」は、どちらかというとどうしたらよいかわからずおろおろするという心理状態に重点があると言われる。
(2)本来は、事態をじゅうぶん把握できずに対処のしかたに迷う意である。平安時代後期になると「まよふ(迷)」との区別が薄れる。
(3)「まよう(まよふ)」が進む道や目標がわからずあちこち動き回るという行動に重点があるのに対して、「まどう(まどふ)」は、どちらかというとどうしたらよいかわからずおろおろするという心理状態に重点があると言われる。
まどわ・す まどはす【惑】
〘他サ五(四)〙 (古くは「まとわす」)
① まぎれて、わからなくする。見失う。
※宇津保(970‐999頃)俊蔭「入りぬれば影も残らぬ山の端に宿まどはしてなげく旅人」
② 正常な思惟が働かないようにさせる。分別できないようにさせる。考えを乱す。途方に暮れさせる。
※古今(905‐914)秋下・二七七「心あてに折らばや折らん初霜のおきまどはせる白菊の花〈凡河内躬恒〉」
③ 困惑させる。難儀させる。苦しめる。
※万葉(8C後)二・一九九「渡会(わたらひ)の 斎の宮ゆ 神風に い吹き或之(まとはシ)」
④ だます。欺く。
※天理本金剛般若経集験記平安初期点(850頃)「亦た是れ聖上を誣(マトハシ)かけつ」
まどい まどひ【惑】
〘名〙 (動詞「まどう(惑)」の連用形の名詞化。古くは「まとい」) まどうこと。まよい。また、その人。
※万葉(8C後)六・一〇一九「石の上 布留の命は たわやめの 或(まとひ)によりて」
※土井本周易抄(1477)四「此間民のまどいが久しい程に漸々に正せぞ」
わく【惑】
〘名〙 仏語。煩悩のこと。迷いのもととなるもの。修行してさとりを開くのにさまたげとなるもの。
※勝鬘経義疏(611)歎仏真実功徳章「金剛心起断レ惑斯尽」 〔倶舎論‐九〕
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報