尚古思想(読み)しょうこしそう

改訂新版 世界大百科事典 「尚古思想」の意味・わかりやすい解説

尚古思想 (しょうこしそう)

価値ある生活は古代にあるとして,古代の文物・制度を模範とする中国の支配的な思想。古代というのは儒家経典〈五経〉に描かれた時代,つまり夏,殷,周の3代を主として対象とする。〈尚古〉ということば自身は,《新唐書》に見え比較的新しいものであるが,その思想は〈述べて作らず,信じて古を好む〉(《論語》),〈古き訓(おしえ)に是れ式(のつと)る〉(《詩経》)をはじめ儒家の経典に散見する。またその経典は永久不変のもの〈不刊之書〉としての地位をもっていた。尚古思想がなぜ中国で支配的となったのか,その理由について一説には,中国人が理性よりも感覚を重視する傾向があることによるとされている。つまり,生活の法則は理性によって創造されるよりも,過去に感覚された事実の中にこそ求めるべきであり,その事実を生んだ時代の生活は,現在の生活より倫理的であったという考えに基づくからというのである。

 こういった古代尊重を唱える学派の代表は儒家であるが,それのみならず道家をはじめ中国のおおむねの学派に共通する思想でもある。ただし,先王よりも後王に価値を求める《荀子》の思想,およびそこから派生した法家の思想はその例外に属す。ことに法家は,現実的な法統治政策には,尚古思想は阻害要因になるとして,はげしくそれを排斥する。李斯りし)が行ったとされる〈焚書坑儒〉は,尚古思想の排斥にほかならない。尚古思想は,儒学が官学化された漢から清に至るまで支配的であったが,三国時代から六朝期にかけては,その風潮は比較的稀薄であった。それは統一がくずれ分裂期を迎え,そのなかで価値基準の懐疑が生まれたことに由来し,文学における〈四六文〉の発生,礼教の否定,仏教受容などといった形で現れた。しかし,唐末から宋にかけて古代への復帰が主唱され,尚古思想は再び支配的にかつ強固なものになる。そしてそれが自然科学の発達,西洋的な近代化を阻むことになったのである。
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