詩経(読み)しきょう

精選版 日本国語大辞典 「詩経」の意味・読み・例文・類語

しきょう シキャウ【詩経】

中国最古の詩集で、五経の一つ。三〇五編。撰者未詳。孔子が約三〇〇〇の古詩から選んだものともいう。風・雅・頌の三部から成り、風は国風ともいい、黄河流域の諸国の民謡で一五に分かれ、雅は周王朝の宮廷歌で大雅・小雅の二つに分かれ、頌は祖先神をまつる歌で周頌・魯頌・商頌の三つに分かれる。ほぼ紀元前一一~六世紀間の歌と推定され、四言の詩型を中心として、くりかえしが多い。漢の毛亨(もうこう)が伝えた書が唯一の完本であるため「毛詩」ともいう。毛亨の伝、鄭玄の注、唐の孔穎達(くえいだつ)の疏が古注の標準で、宋の朱熹の「詩集伝」が新注と呼ばれる。詩(し)。毛詩(もうし)

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デジタル大辞泉 「詩経」の意味・読み・例文・類語

しきょう〔シキヤウ〕【詩経】

中国最古の詩集。五経の一。孔子編といわれるが未詳。周の初めから春秋時代までの詩305編を国風・雅・しょうの3部門に大別。国風は諸国の民謡で15の風、雅は朝廷の音楽で小雅・大雅の二つ、頌は宗廟そうびょう祭祀さいしの音楽で周頌・魯頌・商頌の三つがある。漢の毛亨もうこうらが伝えたものだけが現存するので「毛詩」ともいう。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「詩経」の意味・わかりやすい解説

詩経
しきょう

中国最古の詩集。黄河流域の諸国や王宮で歌われた詩歌305首を収めたもので、『書経』『易経』『春秋』『礼記(らいき)』とともに儒教の経典(いわゆる五経)の一つとされた。西周初期(前11世紀)から東周中期(前6世紀)に至る約500年間の作品群と推測されている。内容は、周王朝の比較的安定した時代にふさわしい明るい叙情詩から、混乱期を反映する暗い叙事詩まで多彩だが、数のうえでもっとも多いのは恋愛詩である(婚姻詩を含めて全体の約半数)。したがって『詩経』は、儒教以前の古代歌謡の黄金時代に花開いた中国文学史上まれな恋愛文学ないし女流文学一面をもっている。

 口頭で伝承された作品群がいつ文字言語に写され編集されたか明らかでないが、現存の『詩経』は漢の毛(もう)公の伝えたとされる『毛詩』(その注釈が『毛伝』)で、風(ふう)・雅(が)・頌(しょう)の3部から構成されている。風(十五国風(こくふう)、160首)は諸侯国の民間歌謡を主とし、そのテーマは、恋愛、結婚、生活、戦争という歌いの場を縦軸に、熱情、喜び、悲しみ、戯れなどの感情を横軸に交差させて示すと、たいていこの座標に収まるが、8割は恋愛・結婚の喜び・悲しみに集中する。歌垣(うたがき)的な祝祭を背景に恋愛のゲームを歌う「行露(こうろ)」(召南(しょうなん))、「新台(しんだい)」(邶風(はいふう))、「桑中(そうちゅう)」(鄘風(ようふう))、動植物や投果・渡河などの象徴を用いて大胆な求愛を歌う「鶉之奔奔(じゅんしほんぽん)」(鄘風)、「摽有梅(ひょうゆうばい)」(召南)、「褰裳(けんしょう)」(鄭風(ていふう))、愛の顛末(てんまつ)を描いた叙事詩「氓(ぼう)」(衛風(えいふう))、失われた愛の悲劇や葛藤(かっとう)をつづる「谷風(こくふう)」(邶風)、「墓門(ぼもん)」(陳風(ちんふう))、「鴟鴞(しきょう)」(豳風(ひんぷう))、婚姻のしがらみによる苦悩を描く「載馳(さいち)」(鄘風)など、古代女性の熱烈な息吹を伝える作品が多い。雅(小雅(しょうが)74首、大雅(たいが)31首)は宮廷、社会、戦場、歴史が主舞台で、貴族の饗宴(きょうえん)での祝福や歓迎、兵士の望郷や将軍の武勲、亡国憂いや社会悪への憤りなどをテーマとする詩、また、周の起源や建国を歌う叙事詩(「生民(せいみん)」「緜(めん)」「文王(ぶんおう)」など)、そのほか小雅には国風的な恋愛・結婚の歌も含まれている(「采緑(さいりょく)」「小弁(しょうはん)」「何人斯(かじんし)」など)。頌(周頌31首、魯(ろ)頌4首、商(しょう)頌5首)は祭場が舞台で、おもに祖先への頌歌や求福をテーマとする。『詩経』で使用されている言語は甚だ難解であるが、文体論的分析を通して種々の特徴がとらえられる。たとえば国風の基本詩形は四言(4シラブル)のリズムを基調とし、4詩行をもつ連(れん)(スタンザ)が3回反復される。

 周南・樛木(きゅうぼく)(つる草に絡みつかれる木でもって、女の積極的な愛を受ける男の幸福を歌う)

南有樛木 南の国のしだれ木に
葛藟壘(a)之 かずら草のはうという
楽只君子 喜びあふれる殿方に
福履綏(b)之 良き人の幸(さち)もたらさる

南有樛木 南の国のしだれ木に
葛藟荒(a)之 かずら草のおおうという
楽只君子 喜びあふれる殿方に
福履将(b)之 良き人の幸みたされる

南有樛木 南の国のしだれ木に
葛藟栄(a)之 かずら草のめぐるという
楽只君子 喜びあふれる殿方に
福履成(b)之 良き人の幸とげられる

 これは伝承童謡と似た形式であるが、言語の技巧は甚だ高度である。反復で変換される語(a・b)は、横の列に音声上の類似性、縦の列に意味上の類似性をもつ語(パラディグム)を配置し、漸層法や遠近法の効果をつくりだす。また、各連で自然(前半2行)と人間(後半2行)を並べる平行法により、無関係の二物間に隠喩(いんゆ)(メタファー)を発見ないし創造するという手法(「興」という)を編み出した。そのほか、西欧の古代・中世文学にもみえる定型句(フォーミュラー)の手法や、わが国の本歌取(どり)に似た手法もあり、豊富なレトリックと相まって中国詩学の源泉となっている。『詩経』はすでに孔子(こうし)のころから知識人の教養とされたが、詩の最初の意味はしだいに忘れられ、秦(しん)の焚書(ふんしょ)を経て、四つのテキストが出現した。しかし後漢(ごかん)の鄭玄(じょうげん)の注釈(『鄭箋(ていせん)』という)により解釈の体系性を与えられた『毛詩』のみ生き残った。『毛伝』と『鄭箋』を敷衍(ふえん)した唐(とう)の孔穎達(くようだつ)の注釈(『毛詩正義』)をあわせて古注といい、南宋(なんそう)の朱子(しゅし)の新注(『詩集伝』)と対する。新注は古注ほど硬直していないが、歴史主義的、道徳主義的解釈では共通する。儒教的解釈学から解放されて『詩経』の真の姿に迫ろうとする試みは20世紀に始まった。フランスのマルセル・グラネの社会学的研究(1919)が先鞭(せんべん)をつけ、聞一多(ぶんいった)の民俗学的研究(1937)が続く。イギリスのアーサー・ウェーリーの優れた英訳(1937)、スウェーデンのB・カールグレンの言語学的研究(1942)も現れ、新しい「詩経学」が緒についた。

[加納喜光]

『吉川幸次郎訳注『中国詩人選集1・2 詩経国風 上下』(1958・岩波書店)』『目加田誠訳『中国古典文学大系15 詩経・楚辞』(1969・平凡社)』『目加田誠著『詩経訳注』上下(1983・龍渓書舎)』『高田真治著『漢詩大系1・2 詩経 上下』(1966、68・集英社)』『松本雅明著『詩経諸篇の成立に関する研究』上下(1980、81・開明書店)』『白川静著『詩経研究 通論篇』(1981・朋友書店)』『加納喜光訳『中国の古典18・19 詩経 上下』(1982、83・学習研究社)』『中島みどり著『中国詩文選2 詩経』(1983・筑摩書房)』『石川忠久著『詩経』(1984・明徳出版社)』『境武男著『詩経全釈』(1984・汲古書院)』

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改訂新版 世界大百科事典 「詩経」の意味・わかりやすい解説

詩経 (しきょう)
Shī jīng

中国最古の詩集。五経の一つ。孔子以来,儒家の経典とされた。諸国の民謡を集めた〈風〉,宮廷の音楽〈雅〉,宗廟の祭祀の楽歌〈頌〉の三部分から成る。〈風〉は,〈国風〉とも呼ばれ,周南・召南・邶(はい)・鄘(よう)・衛・王・鄭・斉・魏・唐・秦・陳・檜・曹・豳(ひん)の15国160編,〈雅〉は,小雅74編・大雅31編,〈頌〉は,周頌31編・魯頌4編・商頌5編を収める。風は,結婚,恋愛,狩猟,建築,労働,出征,農事など当時の人民の生活の各方面を題材に,愛の喜び,死者への哀悼,肉親への思い,搾取者への憎悪,時間の推移への恐れ,時代の悪さへの悲嘆など,さまざまの感情を率直にうたう。小雅は,祝宴や政治批判のうたが多い。大雅では,周王朝建国の伝説を叙事詩風にうたったうたや個人の名を出してうたうことがあるのが注目される。頌には,魯や商の建国の神話をうたったものを含む。

 詩型は,1句4音節の四言詩が基礎となり,ときに2字句から6字句までをまじえるが,その数はきわめて少ない。脚韻を毎句または隔句にふみ,押韻された文字が,隋・唐のころにできた《切韻》系韻書で同じ韻部に所属するとは限らないところから,当時の文字の音韻が後世と異なることが推定され,古代音韻研究の端緒となった。使用語彙は,《論語》など春秋時代末期以後の文献とかなり異なり,さらに詩篇の成立事情が不明であるため,解釈に未確定部分を多くのこす。儒家の経典として,注釈に,漢代,朝廷に斉・魯・韓の三学派,民間に毛氏学派があったが,完全に伝わっているのは,毛氏の解釈(いわゆる《毛詩》)に後漢の鄭玄(じようげん)の補注を加えた《毛伝鄭箋》だけである。唐までは,孔穎達(くようだつ)《毛詩正義》を含め,このテキストが使用されたが,宋の朱熹(子)は,各篇の成立事情に関する旧説をしりぞけ,詩そのものの内容に即して理解しようとして《詩集伝》を著した。最近は,フランスのグラネなど,民俗学的見方で解釈し直そうとする試みもなされている。
詩大序
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百科事典マイペディア 「詩経」の意味・わかりやすい解説

詩経【しきょう】

中国最古の詩集。周王朝の初期から東遷後百数十年に及ぶ(前10―前6世紀),朝廷の祭祀・饗宴の楽歌,各地方の民間歌謡など計305編を集録。国風・小雅・大雅・頌(しょう)の4編に分かつ。国風は周南・召南・【はい】・【よう】・衛・王・鄭・斉・魏・唐・秦・陳・檜・曹・【ひん】の各国別に160編,小雅74編,大雅31編,頌は周・魯・商に分類して40編ある。国風は民謡,大雅・小雅は宮廷での歌謡,頌は宗廟の祭祀に使う楽歌である。孔子が編集したといわれるが疑わしい。前漢の毛氏が伝承していたので《毛詩》とも呼ばれる。解釈に未確定部分を残し,また古代音韻研究の端緒ともなった。→六義(りくぎ)
→関連項目韻律漢詩経書楚辞白話聞一多

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「詩経」の意味・わかりやすい解説

詩経
しきょう
Shi-jing

中国最古の詩集。前9世紀から前7世紀にかけての詩 305編を収める。伝承によれば,孔子が門人の教育のために編纂したもの。「風」「雅」「頌」に大別され,「風」はさらに 15の「国風」に分れて黄河沿いの国々の民謡を主とし,「雅」は「大雅」と「小雅」に分れ,周の朝廷の宴会に歌われたもので,建国伝説を詠んだ長編叙事詩を含む。「頌」は「周頌」「魯頌」「商頌」に分れ,祖先の廟前で奏せられた神楽 (かぐら) と考えられる。詩の形式は4言で1句,4句で1章となるのが基本。伝承されるうちに各学派がそれぞれのテキストにそれぞれの解釈をもつようになり,漢初には斉,魯,韓,毛の4家があったが,次第に毛家の伝えたいわゆる『毛詩』が他を圧倒するようになり,今日完全に伝えられている『詩経』は『毛詩』であるとされる。五経の一書。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「詩経」の解説

『詩経』(しきょう)

五経の一つ。周の祭祀の歌(雅,頌(しょう))と周代の各地の民謡(風)を戦国時代に儒家が編集したもの。漢代には今文(きんぶん)(魯詩(ろし),斉詩,韓詩)と古文(毛詩)のテキストがあったが,前3者は滅んだ。古くは『詩』と呼ばれた。宋代以後『詩経』と呼ばれた。古代の素朴な生活感情を盛った中国最古の詩集。

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旺文社世界史事典 三訂版 「詩経」の解説

詩経
しきょう

中国最古の詩集で,儒学の経書とされ,五経の1つ
古くは単に「詩」と呼び,宋以後『詩経』という。現存のものは前漢時代に毛亨 (もうこう) らが解説したため,『毛詩』とも称する。3000余編中から孔子が305編を選んだといわれるが,戦国時代に成立したものらしい。諸国の歌謡を採った国風 (こくふう) ,政治の興亡・宴会・戦争をうたった雅 (が) ,祭りをうたった頌 (しよう) に分かれ,周代における各国の状態を知る大切な史料である。

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世界大百科事典(旧版)内の詩経の言及

【歌謡】より

…【阪下 圭八】
【中国の歌謡】
 各民族の文学史は,例外なく詩から発足するが,古代の詩は,これまた例外なく,すべてが文字にたよらぬ歌であった。中国最古の詩集として305編の作品を集めた《詩経》(編者は孔子)があるが,《詩経》に集められた詩がすべて歌謡であったことは,《史記》の著者であった司馬遷がすでに言明している。《史記》の孔子世家に司馬遷は,305編の詩を孔子はすべてこれを〈絃歌〉(絃に合わせて歌うこと)したと記している。…

【詩】より

…くり返し享受されているうちにしだいにテキストが定まり,とりわけ祭儀や宮廷行事などの場を中心に専門的な朗吟者が,ついで専門的な作者が出るようになったものだろう。文字に記されて残っているものとしては,古代オリエントの《ギルガメシュ叙事詩》や古代インドの二大叙事詩,古代エジプトの〈ピラミッド・テキスト〉や神々への賛歌,古代ギリシアのホメロスの叙事詩,旧約聖書中の韻文テキスト,古代中国の《詩経》などが名高い。日本の場合は,《古事記》《日本書紀》《風土記》などに古代の歌垣や婚姻の歌,国ほめや神ほめの歌が記録されているほか,祝詞(のりと)などの宗教的テキスト,《万葉集》の中の伝承歌謡などがあり,また沖縄の《おもろさうし》や,時代は下るがアイヌ民族の口誦叙事詩群〈ユーカラ〉も知られている。…

【叙事詩】より

…【菅野 昭正】
[中国]
 中国にも,ギリシア・ローマにおけるような形の叙事詩は存在しなかった。それは中国最古の詩集である《詩経》が,もっぱら日常の次元の感情をうたう短い抒情詩から成る事実にも,側面的に反映されている。また叙事詩の成立と深いかかわりを持つ神話も,〈怪力乱神〉を排する儒家に尊重されず,その保存状況は貧弱である。…

【中国文学】より

…史官の系統の文学(散文)は現実的であって,これを知性の文学と規定できるのに対し,巫の系統の文学は神秘的な情調をおびる。その特色は《楚辞》だけでなく,《詩経》の奥にもひそむ。古い卜辞と関連するが,占いの結果(吉か凶か)を判断するためのことばが伝わっていて,そのあるものは韻文であった。…

【風雅】より

…中国の《詩経》の分類にいう六義(りくぎ)(風,賦,比,興,雅,頌)のうちの〈風〉と〈雅〉。中国では,その風,雅をもって《詩経》の詩全体を代表させることが多く,しだいに詩歌文章の道,芸術全般をも〈風雅〉と呼ぶようになった。…

【謡諺】より

…農事・気象・風土・生活知識を内容としてもつほか,中国の謡諺の特徴として,世人の治者階級に対する訓戒,風刺,予言の要素が大きい。中国最古の歌謡集《詩経》には,統治者に対する民衆の諷喩の詩が多く,それらはある意味では謡諺を集めたものともいえる。ほかに,中国では王朝交替にあたってしばしば予言的意味を込めた謡諺が登場する。…

【六義】より

…中国最古の詩集《詩経》における詩の六つの原理,あるいは分類法。毛詩の序(《詩経》の大序)に風・賦・比・興(きよう)・雅・頌(しよう)の順にならべて見えるが,実は二つの異なった基準による2種の分類法だとされる。…

※「詩経」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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