学習の自由(読み)がくしゅうのじゆう

大学事典 「学習の自由」の解説

学習の自由[独]
がくしゅうのじゆう

ドイツ大学において大学入学資格(アビトゥーア)をもつものが,大学の規則や教育課程制限を受けることなく,授業やゼミナールを自由に選んで聴講できる権利を表す。この概念は18世紀後半に成立し,これまでドイツ大学が伝統的に維持してきたものである。「学習の自由」が成立するためには,授業(講義科目)の内容,学習量および科目を学習する時間的配列を定めた教育課程,すなわちカリキュラムが存在しないこと,そして科目を修得し,それを積み上げて「卒業(ドイツ)」するという考え方自体が存在しないことが必要であった。実際,歴史的にドイツの大学では,卒業という概念は存在せず,したがって,卒業のために修得しなくてはならない必修科目選択科目という講義科目の区分は存在しなかった。いかなる講義を聴講しようとそれは学生の自由であった。この自由は,法学部医学部など,職業のために必須の知識や技能が要求される分野の学生にも適用された。さらに「学習の自由」には,単に授業選択の自由にとどまらない,もっと広い意味も与えられてきた。すなわち学生は,いつでも,学びたいときに,学びたい大学に登録して学習する自由を持つこと,そして大学間をいつでも移動できる自由(転学の自由)を持つことである。

 このように,ドイツ大学での「学習の自由」は,抽象的な学ぶ自由ではなく,大学という制度の中で,いつ学ぶか,何を学ぶか,そして,どこで学ぶかを学生自身が決定できるということを意味した。これが十分に機能するためには,いくつかの制度的背景があった。まず,私講師制度(ドイツ)の維持のための「教育」と「試験」の分離がある。ドイツの大学では,従来,教授資格試験に合格すれば教授として講義を行うことができたが,多くの場合,最初は私講師として講義を行った。私講師は自由に講義を行うことができたが,教授と異なり官吏ではないので,学生が医師などの国家資格を得るための国家試験を行うことができない。試験を行えるのは官吏たる教授のみである。国家試験に合格すなわち卒業(大学を離れる)を意味したから,私講師制度が機能するためには,「試験」と「講義」(教育)を分離しておく必要があった。一方,私講師による自由な研究と講義は,多様な学問分野を発展させるとともに,学生の講義選択の自由を増大させるという点で優れていた。しかし,このことは同時に,カリキュラムと結びついた教育の成立を困難にしたとも言える。

 「学習の自由」の考え方は,17世紀後半のドイツ大学の覚醒とともに成立してきた。16世紀以降,宗教改革反宗教改革,三十年戦争などの歴史的できごとを経て,ドイツの大学は領邦主の支配とその宗派(新教か旧教か)によって,国家権力と宗派に強固に結びつけられていき,活力を失っていった。しかし,17世紀後半に入って,「リベルタス・フィロソファンデ(哲学する自由=学問の自由)」,すなわち近代的な「学問・思想の自由」の精神が登場してくる中で,「研究の自由」そして「教授の自由」と密接な関係にある「学習の自由」の考え方がドイツの大学に生まれてきた。大学での「自由」の概念はベルリン大学(ドイツ)創立(1810年)前後シュライエルマッハー,F.,そしてフンボルト,A.vonによって完成されたといわれるが,それはゲッティンゲン大学(1737年)あるいはハレ大学(1694年)の創立にまでさかのぼることができる。

 この伝統的な「学習の自由」を持つドイツの学生のあり方は,日本やアメリカ合衆国におけるそれとは大きく異なっている。日本では,学生は4年間で必修科目を含めてカリキュラムに定められた科目を履修し,その単位を修得しなければ卒業はできず,卒業のためには大学の課する教育方針を受け入れなくてはならない。修業年限も限られており,大学間の自由な移動も不可能である。ここには学ぶ権限を行使することそのものは存在するが,ドイツ大学の伝統である「学習の自由」は存在しない。ドイツの大学でも,法学国家試験など国家試験を受験する場合は,そのために最低限学んでおくべき必修とされる科目が設定されていて,この点,制限があるにはあったが,本質的な制度の問題からみれば,学生にとって学習はやはり「自由」であった。このドイツ大学の「学習の自由」は,大学による学習方法の制限,成績等による学生の評価とそれに基づく序列化などから学生を自由にするものといえよう。

 なお,ドイツでは1999年以降,ボローニャ・プロセスへの参加によって,学生の学業が,単位(credit)の修得とその積み重ねによる学位の取得という学習形態に移行している。そのため,それまでドイツ大学が標榜し維持してきた「学習の自由」のあり方も今後大きく変わっていくのではないかと考えられる。
著者: 赤羽良一

参考文献: 島田雄次郎『ヨーロッパの大学』玉川大学出版部,1990.

参考文献: R.D. アンダーソン著,安原義仁,橋本伸也監訳『近代ヨーロッパ大学史―啓蒙期から1914年まで』昭和堂,2012.

参考文献: 天野正治「精神的支柱としての大学―中世から現代の大学改革まで」『現代のエスプリ』No. 205(「世界の大学制度」天野正治編集・解説),至文堂,1984.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

今日のキーワード

排外主義

外国人や外国の思想・文物・生活様式などを嫌ってしりぞけようとする考え方や立場。[類語]排他的・閉鎖的・人種主義・レイシズム・自己中・排斥・不寛容・村八分・擯斥ひんせき・疎外・爪弾き・指弾・排撃・仲間外...

排外主義の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android