大原重明(読み)おおはら・しげあきら

朝日日本歴史人物事典 「大原重明」の解説

大原重明

没年:昭和36.2.20(1961)
生年:明治16.12.3(1883)
明治から昭和にかけての雅楽奏者。神楽歌,披講など宮廷歌曲(郢曲)の伝承者。今日宮中歌会始で歌われる歌披講や雅楽歌曲の演奏と教習に貢献した。宇多源氏庭田家の分流で,代々御神楽の儀式での歌唱を家業とした。郢曲を綾小路有良に,箏と琵琶を豊原喜秋に,篳篥を安倍季節に学ぶ。明治42(1909)年,宮内省歌御会講頌御人数に任ぜられてから,昭和25(1950)年の歌会始まで,ほぼ毎年歌披講の講頌や発声の役を勤めた。『歌会の作法』(1927)を著す。ほかに「雅楽執業抄」「孝明天皇と雅楽」の稿がある。

(蒲生美津子)

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大原重明」の解説

大原重明 おおはら-しげあきら

1883-1961 明治-昭和時代の雅楽家。
明治16年12月3日生まれ。大原重朝の子。神楽歌などの宮廷歌曲(郢曲(えいきょく))を伝承した。明治42年宮内省歌御会講頌(こうしょう)御人数となり,以後昭和25年の歌会始まで,発声役をつとめた。貴族院議員。昭和36年2月20日死去。77歳。東京帝大卒。著作に「歌会の作法」。

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