古氷村(読み)ふるこおりむら

日本歴史地名大系 「古氷村」の解説

古氷村
ふるこおりむら

[現在地名]東松山市古凍ふるこおり

柏崎かしわざき村の南東、東松山台地の南部突端に位置し、南は正直しようじき村・長楽ながらく(現川島町)。古凍・古郡などとも記し、松山領に属した(風土記稿)当地から柏崎村にかけては古墳や古代の遺跡が多くあり、古代比企郡郡家ぐうけ郷の所在を一帯に比定する説もある。小田原衆所領役帳では江戸衆の豹徳軒の所領のうちに「比企郡古郡柏崎共」七二貫文などがみえ、弘治元年(一五五五)検地が行われている。慶長八年(一六〇三)八月に行われた検地の田帳・畠帳(いずれも根岸家文書)が残る。両帳はともに又四郎分・新井分・高橋分・寄合の四つに区分されている。また田方・畠方いずれも地位は上・中・下の三等級に分けられ、反別・名請人が記載されているが、屋敷帳はなく、同年の検地は指出検地であったと思われる。

古氷村
ふるこおりむら

[現在地名]大泉町古氷

東は坂田さかた村、西は新田につた東矢島ひがしやじま(現太田市)、南は寄木戸よりきど村に接し、北は用水堀をもって新田東別所ひがしべつしよ(現太田市)と境する。休泊きゆうはく堀の分流ななそん水路は、東矢島村から当村へ入り、二方向に分岐し、一は東流して坂田村で再び休泊堀に合流し、一は当村の中央部を南流して寄木戸村に入る。近世初期は館林藩領。慶安三年(一六五〇)役人熊沢彦兵衛によって検地。

古氷村
ふるこおりむら

[現在地名]太田市古氷

矢田堀やたぼり村の西、八王子はちおうじ丘陵金山かなやま丘陵とに挟まれた平地に位置する。北は丸山まるやま村。寛文郷帳によると館林藩領に属し、田方六二石余・畑方三八石余。天和二年(一六八二)の分郷配当帳によると高一〇一石分が旗本池田領に変わっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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