光吸収(読み)ひかりきゅうしゅう

改訂新版 世界大百科事典 「光吸収」の意味・わかりやすい解説

光吸収 (ひかりきゅうしゅう)

光が媒質を通過する際に,その単色光成分のエネルギーが媒質に取り込まれる現象が光の吸収である。散乱のように媒質にエネルギーを与えないで,光の進行方向が媒質との相互作用で変わり,実質的にエネルギーが損失することも光吸収に含めて考える。透明な媒質に光が入ると,その一部が吸収され,他は透過する。媒質の微小部分dx(ただしdxは光の進行方向の距離とする)で吸収される光のエネルギーdEは,dxに比例し,かつ入射光のエネルギーEに比例するから,

 dE=-kEdx

と表せる。ここでk吸収係数と呼ばれるもので,媒質が光を吸収する度合を表す定数である。上式を積分し,x=0における入射光のエネルギーをE0とすれば,logE0/E)=kd,またはEE0exp(-kx)の関係が得られる。この関係はドイツのランバートJohann Heinrich Lambert(1728-77)が確立したもので,光の吸収に関するランバートの法則と呼ばれる。ここでxを試みに1/kとすれば,EE0/eとなり,すなわちエネルギーは初めのエネルギーE0の1/eとなる。いいかえれば,吸収係数kとは入射光のエネルギーを1/eに減ずる媒質の厚さの逆数に等しいということができる。また,光の吸収に関しては,上述のランバートの法則に,気体溶液による光の吸収はその中の分子数だけによって決まるというベールの法則を組み合わせたランバート=ベールの法則があり,吸収物質の濃度cとして,log(E0/E)=ε0cd,log10E0/E)=εcdと表される。ここでεcd吸光度といい,cモル濃度であるときのεをモル吸光係数と呼ぶ。

いま入射光のエネルギーの総量を1として,そのうち媒質で反射および吸収される割合をそれぞれRA,また透過する割合をPとすれば,

 RAP=1

の関係式が成り立つ。これらの各項は,媒質の種類や入射光の波長によって異なるが,媒質の厚さを十分に大きくすれば,どんな媒質でもP=0とすることができる。このときには,

 A=1-R

となり,反射光が強くなると,それに伴って光の吸収は少なくなる。完全黒体と呼ばれるものは,波長のいかんにかかわらずR=0であるから,すべての光が吸収される。白色光がある媒質を透過するとき,波長によって吸収が異なる場合には,透過光に色がつくことがよく見られる。

 ここで注意すべきことは,Aは吸収係数kとは別のものであることである。kは媒質の内部における吸収だけに関するものであるが,Aは媒質の表面における吸収をも含んでいる。例えば,金属の表面に光をあてた場合のAは大きくないが,金属板に光を通すときのkは大きい。

光の吸収は,根本的には,電磁波としての光と媒質を構成する原子や分子との相互作用に基づいて説明される。原子は中心に正の電荷をもった原子核と,そのまわりの軌道をまわる負の電荷をもった電子とから成り立っている。電子の軌道の形や大きさ,電子の数は原子の種類によって異なっている。原子のもつエネルギーは,周囲の軌道を運動している電子の運動エネルギーと位置エネルギーの和で与えられるが,そのエネルギーは原子の種類で決まっている飛び飛びの値しかとれない。これがエネルギー準位と呼ばれるもので,外側の軌道にある電子ほど大きなエネルギーをもっている。エネルギーがE1の状態にある原子に,hν=E2E1のエネルギーの光が入射すると(νは入射光の振動数,hはプランク定数),原子はエネルギーE2の状態に遷移する。光がエネルギーを原子に与えたわけで,光の吸収が起こったことを意味している。すなわち,光の吸収とは,原子や分子のエネルギーの状態を低いほうから高いほうに移すために光が取り込まれる現象である。反対に,原子や分子がエネルギーの高い状態から低い状態に遷移する際に,その差に相当するエネルギーが光として放出される現象が,いわゆる光の放出である。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報