日本大百科全書(ニッポニカ) 「溶液」の意味・わかりやすい解説
溶液
ようえき
solution
液体に固体、液体、気体が溶解して均一になった液体をいう。ときには固溶体を含めることもある。
溶質と溶媒
溶液では、溶けている物質を溶質とよび、溶かしているほうは溶媒という。液体どうしの混合の場合などにはどちらが溶媒かを区別しにくいこともある。この場合、分量(分子数)の多いほうが溶媒、少ないほうを溶質とする。清酒などではアルコールが溶質であるけれども、局方アルコール(96%)の場合は、アルコールのほうが溶媒で水が溶質ということになる。
[山崎 昶]
水溶液
水はきわめて優れた溶媒であり、大多数の塩類や親水性基をもつ有機化合物(ショ糖やせっけんなど)までよく溶解する。このように溶解性に優れているのは、水の誘電率が80と大きいので、イオンが結晶中でクーロン引力で引き合っている力が80分の1に下がることと、水分子との水素結合や水和などによって溶質の分子やイオンは引き離されて安定に存在できるからである。エタノール(エチルアルコール)のように誘電率が小さくなるとイオン性結晶の溶解性は格段に悪くなる。
[山崎 昶]
溶解性
「類は類を溶かす」というのが溶解性の予測によくいわれることである。前述の水溶液のように極性の大きい溶媒には、やはり極性の大きい溶質が溶けやすい。一方、石油エーテルやベンゼンのように極性の低い溶媒には極性の小さい溶質が溶けやすく、極性の大きい溶質(たとえば水)などはほとんど溶解しない。このような溶解性の差を利用したのが液液抽出(溶媒抽出)である。有機化合物の場合は紀元前から香料などの抽出に応用されてきたが、無機化合物に応用されたのは、1842年フランスのペリゴーが硝酸ウラニルをエーテル抽出したのに始まる。しかし溶媒抽出の応用が盛んになったのは、第二次世界大戦中のマンハッタン計画などのウランやトリウムなどの核燃料精製・分離に応用されて、研究が進んだことによる。ウランやトリウムの配位した水分子を、リン酸トリブチルのような有機化合物で置き換えて、有機溶媒に対する親和性を増大させることによって、水相から有機相に抽出することが容易になる。
化学構造のよく似た物質どうしはよく混合しあうが、異なり方の大きいものはほとんど溶解しあわない。たとえば水銀は、金属結合でできているので、水のような極性物質、ガソリンのような無極性溶媒とも混じらない。しかしほとんどの金属とはアマルガムをつくる。
[山崎 昶]
溶解度と溶解熱
水とエタノールのように、どんな割合にでも溶解しあう場合はどちらかといえば珍しく、一般には溶質が溶媒に溶けるには限度があり、この限度は温度によって定まる。気体ではヘンリーの法則が、あまり溶解度の大きくないものについては成立し、圧力に比例して溶解量が増大する。溶質の溶解時に吸熱や発熱がおこるが、これらは溶解熱と総称する。これは、通常は溶質の結晶から溶質分子(またはイオン)を取り出すのに必要な格子エネルギーと、溶媒中でこれらの分子やイオンが溶媒和によって安定化するエネルギーとの差にあたる。塩化ナトリウムの格子エネルギーは1モル当り183.8キロカロリーであるが、溶媒和の安定化エネルギーが182.9キロカロリーもあり、差し引きわずかに0.9キロカロリーが溶解熱ということになる。このように溶解熱が小さいから、塩化ナトリウムの溶解度は温度によってあまり変化しないのである。
[山崎 昶]
凝固点降下と沸点上昇
溶液の性質は、純粋な溶媒の性質とかなり異なる。そのなかで顕著なものとして、溶媒よりも溶液の蒸気圧は低下するために沸点は上昇するし、凝固点は降下する。この沸点上昇、凝固点降下は溶質の濃度(分子数)に比例するから、これを利用して溶質の分子量や電離度などを測定することもできる。1モルの溶質が1キログラムの溶媒に溶けている場合の沸点上昇、凝固点降下は、それぞれモル沸点上昇、モル凝固点降下という。水の場合それぞれ0.52℃、1.86℃である。分子量測定などには樟脳(しょうのう)やスルホランのようにモル凝固点降下の大きいものを溶媒として行うことが多い。
[山崎 昶]
溶液論
溶液のもついろいろな性質を熱力学や統計力学、量子力学などの見地から解明するものである。希薄溶液についての諸法則(ラウールの法則や、ファント・ホッフの浸透圧の法則、ヘンリーの法則、分配律)などは分子論的に、また統計力学的に基礎づけが成功した。これに比べると、濃厚溶液に関しては、デバイ‐ヒュッケルの理論などがあるが、まだ種々の困難な点もあり、完全な理論はまだ完成に至っていない。
[山崎 昶]
『篠田耕三著『溶液と溶解度』(1966・丸善)』▽『篠田耕三編『合成と溶解のための溶媒』(1969・丸善)』