仙鳳趾村(読み)せんぽうしむら

日本歴史地名大系 「仙鳳趾村」の解説

仙鳳趾村
せんぽうしむら

[現在地名]釧路郡釧路町大字仙鳳趾村

明治五年(一八七二)頃より大正八年(一九一九)まで存続した村。跡永賀あとえが村の東にあり、東部厚岸あつけし湾に臨む。南東尻羽しりぱ岬がある。明治三年漁場持米屋孫右衛門により当地への三〇戸・九二人など三ヵ所に合せて移民一七四戸・六三七人(秋田・青森両県、渡島地方、函館など)を移住させた(「事業報告」第二編)。同年の移住戸口八戸・二一人ともいう(同一七年「釧路郡移住人民調」御子柴文書)。同四年から同五年にかけての永住人江諸品貸付代金調帳(新釧路市史)に仙鳳趾番家掛分として三八名が記される。「春日紀行」に仙鳳趾岬とあり、仙鳳趾港は「大黒ニ対峙スル処ノ海湾ニシテ、其岬ノ礁石ヲ繞ヒ、下船スル商船停泊シ良風ヲ俟ノ地、深六五尋ヨリ四五尋ニ至リ、海浜十町内外ノ地ヲ以テ艦舶ヲ宿スヘシ(中略)此地東部ノ街道ト雖モ部落ナク、夷一人戸八九房舎一戸材庫二アルノミ」という(明治四年三月一八日条)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報