ヒポクラテスの誓い(読み)ヒポクラテスのちかい

精選版 日本国語大辞典 「ヒポクラテスの誓い」の意味・読み・例文・類語

ヒポクラテス の 誓(ちか)

古代ギリシア医師組合が提唱した医師の倫理規範ヒポクラテス見解に基づくといわれ、新入組合員に読ませ誓わせたという。

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知恵蔵 「ヒポクラテスの誓い」の解説

ヒポクラテスの誓い

医師の職業倫理について書かれた宣誓文で、世界中の西洋医学教育において長く教えられてきている。医師は、医学部卒業式や医療機関への入職時などの機会に、自ら暗唱したり、あるいは暗唱を求められたりすることがある。近年、医学が発達し、チーム医療が進むにつれ、医師以外の医療スタッフも確固たる倫理意識を持ち、共有する必要が生じてきた。日本では現在、看護師その他の医療専門職の教育課程でも、カリキュラム一環として教えられている。
ヒポクラテスは紀元前5世紀に生まれたギリシャの医師。それ以前の呪術的医療を排し、科学的視点に基づく医学を発展させる基礎をつくったと言われ、「医学の父」と称される。ただし、この誓いがヒポクラテス自身の言葉かどうかは定かでなく、ヒポクラテスの教えを受け継いだ者たちが後世に編んだものという見方定説になっている。
内容は、金銭的報酬だけを目的に医療を施したり医学を教えたりすることを戒め、人命を尊重し、患者のための医療を施すこと、患者等の秘密を守る義務などについて述べている。紀元前にこのような職業倫理を打ち立てたことは高く評価されている。だが、誓いを立てる相手が患者ではなくギリシャの諸神であることなどから、医師の独善性を認める根拠となりパターナリズムを助長するという批判もある。
1948年に世界医師会で採択されたジュネーブ宣言は、この誓いを現代のどのような文化的背景のもとでも通用するように定式化したものである。
日本では、解剖学者・小川鼎三による以下の文言が広く用いられている。ただし、結石妊娠中絶に関する記述などの現代の医学的常識と大きく異なる部分は、省略されることも多い。

「医神アポロン、アスクレピオス、ヒギエイア、パナケイアおよびすべての男神と女神に誓う、私の能力と判断にしたがってこの誓いと約束を守ることを。
この術を私に教えた人をわが親のごとく敬い、わが財を分かって、その必要あるとき助ける。
その子孫を私自身の兄弟のごとくみて、彼らが学ぶことを欲すれば報酬なしにこの術を教える。そして書きものや講義その他あらゆる方法で私の持つ医術の知識をわが息子、わが師の息子、また医の規則にもとずき約束と誓いで結ばれている弟子どもに分かち与え、それ以外の誰にも与えない。
・私は能力と判断の限り患者に利益すると思う養生法をとり、悪くて有害と知る方法を決してとらない。
・頼まれても死に導くような薬を与えない。それを覚らせることもしない。同様に婦人を流産に導く道具を与えない。
・純粋と神聖をもってわが生涯を貫き、わが術を行う。
・結石を切りだすことは神かけてしない。それを業とするものに委せる。
・いかなる患家を訪れるときもそれはただ病者を利益するためであり、あらゆる勝手な戯れや堕落の行いを避ける。女と男、自由人と奴隷のちがいを考慮しない。
・医に関すると否とにかかわらず他人の生活について秘密を守る。
・この誓いを守りつづける限り、私は、いつも医術の実施を楽しみつつ生きてすべての人から尊敬されるであろう。もしこの誓いを破るならばその反対の運命をたまわりたい。」

(石川れい子  ライター / 2011年)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ヒポクラテスの誓い」の意味・わかりやすい解説

ヒポクラテスの誓い
ヒポクラテスのちかい
Hippocratic oath

『ヒポクラテス全集』 (→ヒポクラテス ) 中に収められているもので,ギリシアの世襲医家の子弟が修業を終え,正式にその一員に加えられるときに行われた宣誓。現在でも大学医学部の卒業式などで朗読されている。「医神アポロ,アスクレピオス,ヒュギエイア,パナケイアおよびあらゆる男神女神の前に,この誓約,この義務を,わが力,わが誠をもって履行することを誓う」で始り,「業務上の見聞や他人の私生活の秘密は口外しない。もしこの誓いを固守し破らない場合には,世の信頼のもとに長くわたしの人生と術とを楽しましめよ。もし破った場合は,逆の報いを与えよ」と結んでいる。

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