デービッド クローネンバーグ(英語表記)David Cronenberg

現代外国人名録2016 の解説

デービッド クローネンバーグ
David Cronenberg

職業・肩書
映画監督,脚本家

国籍
カナダ

生年月日
1943年3月15日

出生地
オンタリオ州トロント

学歴
トロント大学〔1967年〕卒

受賞
ロサンゼルス映画批評家協会賞監督賞〔1988年〕「戦慄の絆」,全米映画批評家協会賞監督賞・脚本賞〔1991年〕「裸のランチ」,カンヌ国際映画祭国際審査員賞(第49回)〔1996年〕「クラッシュ」,ベルリン国際映画祭芸術貢献賞(第49回)〔1999年〕「イグジステンズ

経歴
在学中に短編小説で受賞するなど文才を発揮。のち映画に興味を持ち、16ミリ短編映画も監督。1969年初の35ミリ長編「ステレオ/均衡衝突」で注目された。’70年の「クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立」の後、テレビの仕事に従事。’74年脚本がシネプレックス社に気に入られ「シーバース/人喰い生物の島」で劇場映画用の監督に進出以後「ラビッド」(’76年)、「ファイアーボール」「ザ・ブルード/怒りのメタファー」(’79年)、「スキャナーズ」(’80年)などがヒット。カナダ恐怖映画界のキングとして熱狂的なファンを獲得した。’86年の「ザ・フライ」、’88年の「戦慄の絆」などは科学技術と人間の肉体や精神との激突あるいは融合というオリジナルな着想を持つ恐怖映画の傑作として知られる。’99年第52回カンヌ国際映画祭審査委員長を務める。2000年4月「イグジステンズ」(1998年)が日本初のインターネット試写会で上映され話題となる。他の作品に「ビデオドローム」(1982年)、「デッドゾーン」(’83年)、「裸のランチ」(’91年)、「エムバタフライ」(’93年)、「クラッシュ」(’96年)、「カメラ」(2001年,短編)、「スパイダー/少年蜘蛛キスをする」(2002年)、「ヒストリー・オブ・バイオレンス」(2005年)、「イースタン・プロミス」(2007年)、「危険なメソッド」(2011年)、「コズモポリス」(2012年)、「マップ・トゥ・ザ・スターズ」(2014年)など。

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報

367日誕生日大事典 の解説

デービッド クローネンバーグ

生年月日:1943年3月15日
カナダの映画監督

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android