むち打ち損傷(読み)むちうちそんしょう(英語表記)whiplash injury

翻訳|whiplash injury

日本大百科全書(ニッポニカ) 「むち打ち損傷」の意味・わかりやすい解説

むち打ち損傷
むちうちそんしょう
whiplash injury

おもに被追突型の頸部(けいぶ)過伸展損傷をさし、自動車事故のうち、とくに停車中あるいは徐行中に追突され、身体に加速の力が急に加わって重い頭部の慣性で頸部が後方に過伸展し、その反動でまた前方に過屈曲するといった型でおこることが多い。1928年、アメリカの整形外科医が難治性の交通外傷につき、そのおこり方が、柔軟なむちで打つときのむちの運動に似たところから命名し、報告したのが最初である。日本では、むち打ち症候群、むち打ち症、むち打ち傷害などとよばれ、交通外傷の増加とともに注目されたが、とくに1965年(昭和40)から70年ころにかけてジャーナリズムの話題となり、一時は社会問題化したこともあった。

[永井 隆]

症状

受傷直後は興奮、緊張のため症状についてはあまり意識されず、1日くらい経過して精神状態が落ち着くとともに種々の自覚症状が現れたり、症状が強くなってくることが多い。自覚症状としては後頸部の痛みをはじめ、上肢の痛みやしびれ、熱感や脱力感、頭痛や頭重、吐き気嘔吐(おうと)、めまい耳鳴りのほか、不眠、肩背部のこわばり、頸部の運動制限など多彩である。これらのうち、もっとも重いものに注目して次の四つの病型に分類される。

(1)頸椎捻挫(けいついねんざ)型 症状が比較的頸部に限局されているもので、70~80%にみられる。主症状は頸部の痛みと可動域の制限である。

(2)神経根型 頸髄から出ている神経根が頸椎の椎間孔およびその前後で圧迫刺激されるためにおこる症状で、上肢の痛みやしびれ感のほか、頸部の過伸展や頭上からの軽い圧迫によって放散痛を生じ、知覚異常や脱力感もみられる。

(3)脊髄(せきずい)型 ごく軽い下肢の知覚障害や腱(けん)反射の亢進(こうしん)がみられるもので、他の病型と合併しているものも含めて脊髄障害の進行を警戒する。

(4)バレ‐リューBarrè-Liéou型 視力低下や目のかすみ、流涙、充血、眼振、耳鳴り、難聴、歯が浮く、吐き気や嘔吐など、バレ‐リュー症候群とよばれる多彩な症状がみられ、神経根型と合併することもある。おもに椎骨動脈に沿う交感神経の障害によるものとみられ、数は少ないが比較的長く続き、かなり難治である。

[永井 隆]

治療

多くは頸部捻挫の治療に準じ、初期に臥床(がしょう)安静を守り、消炎鎮痛剤を用いる程度で大半は6週以内に治る。ただし、体を起こしている限り頸部に負荷が加わるので、頸椎を軽く固定する必要がある。症状が慢性期(6週以後)まで遷延する場合は、理学療法ペインクリニックなどのほか、心身医学的治療も行われる。

 なお、むち打ち損傷と共通した概念をもつ疾患に外傷性頸部症候群がある。これは、頸部外傷のうち、頸椎の脱臼(だっきゅう)や骨折などが明確でなく、むち打ち損傷と同様に多彩な症状が比較的長く続く場合の総括的診断名で、これにはスポーツ外傷としてアメリカンフットボールのタックルなどによるものも含まれる。

[永井 隆]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android