日本大百科全書(ニッポニカ) 「黒塚(能)」の意味・わかりやすい解説
黒塚(能)
くろづか
能の曲目。五番目物、また四番目物にも。五流現行曲。観世(かんぜ)流では『安達原(あだちがはら)』という。作者不明。近江猿楽(おうみさるがく)系統の能ともいう。『拾遺(しゅうい)和歌集』の平兼盛(かねもり)の歌「みちのくの安達ケ原の黒塚に鬼こもれりと聞くは誠か」に発想を得た能である。那智(なち)の阿闍梨(あじゃり)祐慶(ゆうけい)(ワキ)が同行の山伏(ワキツレ)や従者の能力(のうりき)を伴って、奥州安達原に行き暮れ、荒野の破屋に宿を借りる。主の女(前シテ)は山伏の望むまま糸車を繰ってみせ、はかない身の上を嘆く(糸の段)が、秋の夜寒に薪(たきぎ)をとろうと山へ登る。見てはならぬと言い置いた閨(ねや)のうちを、山伏の寝静まったのを見澄ましてのぞいた能力は、中に積まれた人の死骸(しがい)に肝をつぶす。さては鬼のすみかかと逃げる山伏たちを、破約を怒り鬼となった女(後シテ)が追って出るが、山伏の祈りに屈し、夜嵐(よあらし)のなかに消えうせる。見てはならぬものを見たために破局が起こる、世界に共通する説話の一典型である。前シテは老婆とするか、いかにも鬼めいた恐ろしげな老女とするか、孤独に耐えかねた中年の女性の扮装(ふんそう)とするか三様の演出があり、後シテも凶悪な鬼女から老体の鬼まで、さまざまな解釈と演出がある。
[増田正造]