鞆の浦埋立て架橋計画問題(読み)とものうらうめたてかきょうけいかくもんだい

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

鞆の浦埋立て架橋計画問題
とものうらうめたてかきょうけいかくもんだい

瀬戸内海景勝地として知られる広島県鞆の浦の開発について、歴史的な景観と住民の利便性のいずれを優先するかで広範な議論を巻き起こした問題。路幅が2~4メートルと狭い鞆の浦の渋滞解消や歩行者の安全確保のため、広島県は1983年(昭和58)、鞆の浦の港湾約2ヘクタールを埋め立て、湾の両端を結ぶ約180メートルの橋を架ける計画を発表した。これに反対する住民らが2007年(平成19)に「景観を壊す」と広島県の埋立免許差止めを求めて提訴した。鞆の浦はアニメーション映画『崖(がけ)の上のポニョ』(宮崎駿(はやお)監督)のモデルになった場所として知られ、世界遺産登録を事前審査するユネスコイコモス(国際記念物遺跡会議)総会が開発中止を決議するなど、開発と景観保護をめぐって約9年にわたる論争となった。広島地方裁判所は2009年に埋立免許差止めを命ずる判決を出し、広島県は2016年に埋立て・架橋計画を正式に断念し、住民も訴えを取り下げて係争は収束した。鞆の浦埋立て架橋計画問題は2004年の景観法制定のきっかけの一つにもなった。

 鞆の浦は広島県福山市の沼隈(ぬまくま)半島南東に広がる鞆港と周辺海域からなる景勝地で、万葉集に詠まれるなど古くから「潮待ちの港」として栄えた。円形の港湾、中世~江戸期の風情を残す街並み、階段状の船着場「雁木(がんぎ)」、石造りの常夜灯、商家、土蔵群など歴史的建造物が残っており、江戸期に寄港した朝鮮通信使は「日東第一形勝(日本でもっとも美しい)」とたたえた。1934年(昭和9)には、国立公園第1号である瀬戸内海国立公園の一部として登録された。一方、鞆の浦の街並みは江戸期に整備されたものを引き継いでおり、交通渋滞が著しく、大型車は鞆町を通り抜けできず、地元住民からは渋滞解消や災害時の避難のために交通の便の改善を求める声があがっていた。広島県の開発計画発表後、計画は縮小・一時凍結されたが、2004年に計画推進を掲げる候補が市長に当選して論争が再燃。2008年に広島県知事は埋立免許交付のため、国土交通大臣へ認可申請したが、当時の国土交通大臣は慎重姿勢を示した。2009年には広島地裁が「鞆の浦の景観は、国民の財産ともいうべき公益」として、埋立免許を交付しないよう広島県知事に命じる判決を出した。広島県は埋立て・架橋計画を撤回後、道路拡幅などで交通混雑を解消するとしている。

[矢野 武 2016年10月19日]

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