貴族形質(読み)きぞくけいしつ

改訂新版 世界大百科事典 「貴族形質」の意味・わかりやすい解説

貴族形質 (きぞくけいしつ)

江戸時代の将軍大名,あるいは公家など社会上層の人々に共通して見られる形質で,鈴木尚により徳川将軍などの遺骨の研究を通して明らかにされた。当時の江戸庶民の多くは丸顔(低顔)で鼻も低くて幅が広く,長頭傾向をみせるなど,まだ中世人的な特徴を残していたが,浮世絵の美人画などにも描かれているように,一部により面長で鼻も高い現代人的な特徴が現れ始め,とりわけ徳川将軍に代表されるような貴族階級の人々は,非常な細面(顔の幅が狭く,上下に長い),高い鼻梁をもつ細い鼻,高眼窩,脆弱な顎,そっ歯,より短頭に傾く脳頭蓋といった,一部,超現代的ともいえる特徴を共有している。将軍家では後代になるほどこうした特徴が強まる傾向を見せるが,その主たる要因としては,ほとんど硬いものを口にしない特殊な食生活が強く影響しているとみなされ,例えば60歳で亡くなった12代将軍家慶の歯にはまったくといって良いほど咬耗が見られない。こうした咀嚼器の発育不全,退化を引き金とする変化が,庶民よりもいち早く進んだ影響で,上記のような超現代的特徴が現れたのであろうが,もう一つの要因として,配偶者の偏りによる遺伝的影響も見逃せない。将軍や大名の婦人は細面で鼻の高い人が多く,そうした偏った配偶者選択の累積による遺伝的影響も作用した結果であろう。鈴木は,〈現代型の形質の出現は,ひとことで言えば,庶民形質の貴族化とみられる面が甚だ多い〉と述べ,この貴族形質の出現に関わる仕組みの解明は,中世から現代へと続く日本人全体の時代変化の仕組みを解く上でも,重要な手掛かりになるとみなしている。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報