誘発電位

内科学 第10版 「誘発電位」の解説

誘発電位(電気生理学的検査)

(5)誘発電位(evoked potential)
 誘発電位とはある種の感覚刺激により誘発される脳の電位である.感覚刺激としては通常,聴覚・視覚・体性感覚が用いられる.1回1回の反応はきわめて小さいため,刺激を反復し反応を加算平均して求める.
a.聴性脳幹誘発電位(聴性脳幹反応,auditory brainstem response:ABR)
 記録方法(図15-4-11A)は,ヘッドホンにてクリック音を聞かせると,蝸牛神経,橋,中脳のそれぞれの部位が反応するが,その反応を記録し平均加算する.ABR(図15-4-11B)は,刺激から8 msec以内にⅠからⅦ波までの7つの成分がみられる.脳幹聴覚路に沿って,Ⅰ波は第Ⅷ脳神経末梢成分,Ⅱ波は蝸牛神経核,Ⅲ波は上オリーブ核(橋),Ⅳ波は橋外側毛帯,Ⅴ波は中脳下丘起源と推測されている.ABRは,頂点間潜時延長波形欠如を指標として,障害部位の推定に使われる.他覚的聴力検査として利用されたり,脳腫瘍(特に聴神経腫瘍では90%に異常を認める)・脳幹部病変(血管障害,変性疾患)の部位診断などに有用である.図15-4-11Cに,橋レベルに病変を認める橋中心髄鞘崩壊症の一例を示した.病変部位に相当する第Ⅰ波から第Ⅲ波の伝導時間が遅延している.多発性硬化症では症状の有無にかかわらず33%に異常を認める.また脳死判定の参考にされ,脳死の場合は脳幹部の機能も消失するため,Ⅰ波は残存し(場合によって消失することもある),Ⅱ波以降が欠如する.
b. 視覚誘発電位(visual evoked potential:VEP)
 VEPは,視覚刺激により大脳後頭葉視覚領に導出される電位を測定する(図15-4-12).刺激方法にはパターンリバーサルとフラッシュによる2種類がある.
 大脳視覚領のニューロン網膜の均一な照射による刺激には鈍感で,輪郭やコントラストを有する図形による視覚刺激に対して高い感受性をもっている.この原理を利用して考えられたのがパターンリバーサル刺激であり,この刺激は白の格子と黒の格子が一定の時間間隔で互いにその位置を交換する方法で,比較的弱い光エネルギーで効果的に視覚領のニューロンを刺激できる.刺激後潜時約100 msecに安定した波形が得られる.全視野刺激と半視野刺激がある.ストロボを用いたフラッシュ刺激によるVEP波形は複雑で個人差も大きく,視覚神経機能との対応も難しいが,指標を凝視できない意識障害患者や乳幼児の患者に有用である.臨床応用としては,視覚系に関係した疾患が対象になり,弱視,視神経病変,多発性硬化症(全体の70%に異常所見),脳腫瘍(特に下垂体腫瘍),後頭葉病変などで有用である.また,ヒステリー盲の鑑別にも有用である.
c.体性感覚誘発電位(somatosensory evoked potential:SEP)
 SEPは,上肢または下肢の末梢感覚神経に電気的あるいは機械的な刺激を与えることによって誘発される電位を平均加算したもので,末梢神経から,脳幹,大脳皮質に至る長い神経経路の機能障害部位の検索に用いられる.最も頻繁に用いられる上肢正中神経刺激の各成分の起源を図15-4-13に示した.誘導法により波形が異なるが,Erb点(鎖骨の上の窪み部分)誘導にてN9(腕神経叢成分,末梢神経近位部),第6頸椎誘導にてN11(頸髄後索成分),感覚皮質誘導にてP13/14(延髄成分),N20(感覚皮質成分)を記録できる.P13/14-N20の潜時差を中枢感覚伝導時間(central sensory conduction time:CSCT)と定義し,中枢感覚系の機能を評価するときに用いられる.臨床的にはこれらの成分間潜時および振幅により病変部位の推定を行っている.ミオクローヌスてんかんや無酸素脳症(Lans-Adams症候群)などでは異常に高振幅のSEP皮質成分(giant SEP)が記録され,診断的意義を有する.多発性硬化症では症状の有無にかかわらず50~60%に異常を認める.
 最近のトピックスとして,皮質成分N20に重なるように小さなnotchを認めることがあり,これは600 Hz前後の高周波振動で感覚皮質内のGABA抑制性介在ニューロンの活動を表しているとされ,注目されている.Parkinson病,ミオクローヌスてんかんなどの疾患で増大(図15-4-14)し,片頭痛患者で減弱する.
d.事象関連電位(event related potential:ERP)
 ERPは,刺激の種類にかかわらず,刺激の認知,判断に関連し導出される電位である.代表的なものにP300があり,これは被検者に質の異なる同種類の感覚刺激を2つ与え,両者を認知・識別させる課題を遂行させると,刺激後約300 msecの潜時で出現する誘発電位のことである.認知機能を反映するもので,加齢とともに潜時は延長するが,認知症患者においてはP300の潜時の延長,振幅の低下が認められる.[望月仁志・宇川義一]
■文献
American Electroencephalographic Society: Guidelines for clinical evoked potential studies. J Clin Neurophysiol, 1: 3-53, 1984.
Mochizuki H, Ugawa Y: High-frequency oscillations in somatosensory system. Clin EEG Neurosci, 36: 278-284, 2005.

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改訂新版 世界大百科事典 「誘発電位」の意味・わかりやすい解説

誘発電位 (ゆうはつでんい)
evoked potential

感覚刺激に応じて大脳皮質の感覚領域に現れる一過性の電位変動をいう。動物では光や音の刺激あるいは末梢神経を刺激して,大脳皮質の表面から記録することができるため,十分大きな誘発電位が得られる。しかしヒトの場合は記録電極を頭皮上に置いて記録するため,得られる誘発電位は振幅が非常に小さく(通常0.3~20μV),それより大きな振幅をもつ自発性の脳波と重なって検出しにくい。そこで,コンピューターを用いて数十回からそれ以上の同じ刺激を加えて加算平均をすると,刺激と無関係に現れる脳波は雑音として消すことができるとともに,誘発電位の振幅は加算回数に比例して増大する。感覚性誘発電位は刺激の種類によって潜時や波形は異なるが,ほぼ40~100msまでの波を一次反応,それ以後に現れる波を二次反応と呼んでいる。一次反応は特殊投射系を経て感覚野に投影される反応であり,一次感覚野に限定されて現れる。二次反応は感覚野のみでなく広い範囲から記録できる。このほか,誘発電位には,運動に先行して現れる準備電位,運動電位,運動そのものでなく運動を期待しているときに現れる陰性随伴電位などがある。これは事象関連電位と総称されている。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報