血糖降下薬(読み)けっとうこうかやく(英語表記)hypoglycemic agents

日本大百科全書(ニッポニカ) 「血糖降下薬」の意味・わかりやすい解説

血糖降下薬
けっとうこうかやく
hypoglycemic agents

糖尿病治療に用いられる薬剤。血糖降下作用を有するホルモンであるインスリンを補充するための「インスリン製剤」と、「その他の血糖降下薬」に大別される。その他の血糖降下薬は、さらに「インスリン分泌非促進系」「インスリン分泌促進系(血糖依存性、血糖非依存性)」に分類されている。また、作用機序(作用メカニズム)が異なる血糖降下薬どうしを組み合わせた配合製剤も使用されている。

 以下本項目では、インスリン製剤以外の血糖降下薬について解説する(インスリン製剤については別項目を参照)。

[北村正樹 2023年11月17日]

インスリン分泌非促進系

(1)α(アルファ)-グルコシダーゼ阻害薬
小腸において、炭水化物糖質に分解する酵素α-グルコシダーゼを阻害することで、糖質の吸収を遅延させ、食後過血糖(食後の血糖値が一時的に急激に上昇する状態)を改善する作用を有する内服薬。空腹時血糖は比較的高くなく、食後過血糖が認められる軽症の2型糖尿病に対し、食直前に単独で使用する場合には、低血糖(副作用)の可能性が低く、体重への影響もない有用な薬剤である。

 注意すべき副作用としては肝障害があげられており、ほかにも消化器症状(放屁(ほうひ)・下痢・腹部膨満・便秘)に留意する必要がある。

 具体的な製剤名としては、アカルボース、ボグリボース、ミグリトールがある。

(2)SGLT2阻害薬
腎臓(じんぞう)におけるブドウ糖の再吸収に関与するSGLT2(ナトリウム・グルコース共輸送体2)を阻害し、尿中へのブドウ糖排泄(はいせつ)を促進する作用を有する内服薬。SGLT2は小腸に存在しないことから、小腸でのブドウ糖吸収に影響することがなく、一方、尿中ブドウ糖の増加に伴う体重減少が期待されている。また、薬剤によっては糖尿病以外の疾患(慢性心不全、慢性腎臓病の治療)にも適応がある。

 注意すべき副作用としては利尿作用による脱水などがあげられており、ほかにも尿路感染症・性器感染症(とくに女性)、皮膚障害に留意する必要がある。

 具体的な製剤名としては、イプラグリフロジンL-プロリン、エンパグリフロジン、カナグリフロジン水和物、ダパグリフロジンプロピレングリコール水和物、トホグリフロジン水和物、ルセオグリフロジン水和物がある。

(3)チアゾリジン薬
肥大化した脂肪細胞でインスリンの働きが悪くなることをインスリン抵抗性とよぶが、本薬は、脂肪細胞を小型化することでインスリン抵抗性を改善させる作用をもつ内服薬である。また、肝臓における糖の合成を阻止する(糖新生抑制)作用と、骨格筋に糖を取り込む(糖の使用促進)作用も有する。他の血糖降下薬ではコントロールが不十分で、インスリン抵抗性があると推測される場合には有用な薬剤である。

 注意すべき副作用として浮腫(ふしゅ)、心不全、骨折(とくに女性)に留意する必要がある。

 具体的な製剤名としては、ピオグリタゾン塩酸塩がある。

(4)ビグアナイド(BG)薬
肝臓からの糖放出抑制、インスリン抵抗性改善により、末梢(まっしょう)(筋肉や脂肪組織)での糖の取込み促進(膵外(すいがい)作用)、消化管での糖吸収抑制により血糖降下作用を発揮する内服薬。

 重篤な副作用として、乳酸により血液が酸性に傾く「乳酸アシドーシス」に注意が必要である。とくに乳酸アシドーシスを起こす危険性の高い患者(重度の腎機能障害、透析患者、重度の肝機能障害、心血管系や肺機能に高度の障害がある場合、低酸素血症を伴いやすい状態、脱水症など)においては、投与禁忌となっている。また、副作用(乳酸アシドーシス)のおそれが高まることから、過度のアルコール摂取者における服用も禁忌である。

 具体的な製剤名としては、メトホルミン塩酸塩、ブホルミン塩酸塩がある。

[北村正樹 2023年11月17日]

インスリン分泌促進系(血糖依存性)

(1)ミトコンドリア機能改善薬
ミトコンドリアへの作用を介して、インスリン分泌臓器である膵臓においてグルコース濃度に依存してインスリン分泌を促進する作用(膵作用)と、インスリン標的臓器の肝臓・骨格筋等での糖代謝を改善する膵外作用(糖新生の抑制、糖の取込み改善)の両方の作用により血糖降下作用を発揮する内服薬。

 動物実験で胎児への移行が認められることから、妊婦または妊娠している可能性のある女性には用いられない。注意すべき副作用として、インスリン製剤、スルホニル尿素薬または速効型インスリン分泌促進薬と併用した場合に低血糖が発現する可能性があるので留意が必要である。

 具体的な製剤名としては、イメグリミン塩酸塩がある。

(2)DPP-4阻害薬
グルコースの恒常性の維持にかかわる消化管ホルモンのインクレチンを分解するDPP-4(ジペプチジルペプチダーゼ-4)を阻害することで、活性型インクレチン濃度を上昇させることにより、血糖値依存的(血糖値の上昇に伴って)にインスリン分泌を促進する作用、ならびにグルカゴン濃度低下作用を増強し血糖コントロールを改善する作用をもつ内服薬。1日1~2回内服の製剤と、週1回内服の持続性製剤がある。後述のGLP-1受容体作動薬およびGIP/GLP-1受容体作動薬とともに「インクレチン関連薬」と称されている。

 DPP-4阻害薬では体重増加がみられず、インスリン製剤を含む他の血糖降下薬の併用薬としても有用である。ただし、インスリン製剤またはスルホニル尿素薬、速効型インスリン分泌促進薬と併用する場合は、重篤な低血糖症状の発現に十分注意する必要がある。

 具体的な製剤名としては、アナグリプチン、アログリプチン安息香酸塩、サキサグリプチン水和物、シタグリプチンリン酸塩水和物、テネリグリプチン臭化水素酸塩水和物、ビルダグリプチン、リナグリプチンがある。また持続性製剤として、オマリグリプチン、トレラグリプチンコハク酸塩がある。

(3)GLP-1受容体作動薬
GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)は、血糖値依存的にインスリン分泌を促進する作用をもつインクレチン(消化管ホルモン)の一つである。GLP-1受容体作動薬は、生体内のGLP-1と同様の作用を発揮する遺伝子組換え技術によるヒトGLP-1アナログで、血糖値依存的にインスリン分泌を促進するとともに、グルカゴン抑制や胃内容物排出遅延を介して血糖値改善作用を発揮するほか、食欲抑制を介した減量効果も認められている。作用持続時間により、1日1~2回の注射(皮下注射)にて投与する短時間作用型と、週1回の注射(皮下注射)投与で効果が持続する長時間作用型があり、さらに長時間作用型のなかには、経口投与を可能にした短時間作用型の製剤(セマグルチド)もある。

 注意すべき副作用として、低血糖、急性膵炎、胆嚢(たんのう)炎、胆管炎、胆汁うっ滞性黄疸(おうだん)が発現する可能性があるので留意する必要がある。

 具体的な製剤名としては、短時間作用型にエキセナチド、リキシセナチド、リラグルチド、セマグルチド(経口製剤)、長時間作用型にデュラグルチド、セマグルチドがある。

(4)GIP/GLP-1受容体作動薬
GIP(グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド)は、GLP-1と同様に血糖値依存的にインスリン分泌を促進するインクレチンである。GIP/GLP-1受容体作動薬は、GIP受容体およびGLP-1受容体のアゴニストであり、両受容体に結合して活性化することで、グルコース濃度に依存してインスリン分泌を促進させる作用をもつ。週1回投与の注射(皮下注射)製剤である。血糖値が高いとき、GIPは小腸上部のK細胞、GLP-1は小腸下部のL細胞からインスリン分泌を増強するが、血糖値が正常あるいは低い場合にはインスリンを増強しないという血糖コントロール作用を有し、さらにGLP-1はグルカゴン分泌抑制や胃内容物排出遅延を介して食後血糖を低下させる作用があることも確認されている。

 注意すべき副作用として、低血糖、胃腸障害(悪心(おしん)・嘔吐(おうと)、下痢、便秘、腹痛など)が発現する可能性があるので十分留意する必要がある。

 具体的な製剤名としては、チルゼパチドがある。

[北村正樹 2023年11月17日]

インスリン分泌促進系(血糖非依存性)

(1)スルホニル尿素(SU)薬
おもに膵臓のβ(ベータ)細胞を刺激することで内因性インスリン分泌を促進し、血糖降下作用を発揮する内服薬。発売時期によって第一世代、第二世代、第三世代と区分されている。

 ごく少量でも低血糖を起こすことがあり、また低血糖が遷延しやすいので注意が必要である。

 具体的な製剤名としては、第一世代SU薬としてアセトヘキサミド、グリクロピラミド、第二世代SU薬としてグリクラジド、グリベンクラミド、第三世代SU薬としてグリメピリドがある。

(2)速効型インスリン分泌促進薬
SU薬と同じ作用部位・作用機序をもつ薬剤で、膵臓のβ細胞を刺激し、内因性インスリン分泌を促進することで血糖降下作用を発揮する内服薬。SU薬に比べて血糖降下作用は弱いものの、速やかに体内へ吸収され血中半減期も短いことから、食事の直前に投与することで食後高血糖を改善する。

 注意すべき副作用として、低血糖、倦怠感(けんたいかん)、食欲不振、黄疸などが発現する可能性がある。また、SU薬と作用機序が同じであることから、原則としてSU薬とは併用しない。

 具体的な製剤名として、ナテグリニド、ミチグリニドカルシウム水和物、レパグリニドがある。

[北村正樹 2023年11月17日]

配合製剤

作用機序の異なる薬剤を組み合わせたものを配合製剤(合剤、配合剤など)といい、血糖降下薬においてもいくつかの配合製剤が存在する。配合製剤は患者のアドヒアランス(積極的で正しい服薬)向上に資するほか、配合成分の単剤を組み合わせた薬価より安価に設定されていることから医療費軽減につながるなど、医療経済的にもメリットがある。ただし原則として、配合製剤に含まれている各薬剤の含有量を単剤同士で併用している場合、またはいずれか一方を使用しているものの血糖コントロールが不十分な場合にのみ配合製剤の使用を検討することとなっている。

 具体的な製剤名を以下に記す。

・DPP-4阻害薬/SGLT2阻害薬:リナグリプチン/エンパグリフロジン、シタグリプチンリン酸塩水和物/イプラグリフロジンL-プロリン、テネリグリプチン臭化水素酸塩水和物/カナグリフロジン水和物
・DPP-4阻害薬/ビグアナイド薬:アナグリプチン/メトホルミン塩酸塩、アログリプチン安息香酸塩/メトホルミン塩酸塩、ビルダグリプチン/メトホルミン塩酸塩
・DPP-4阻害薬/チアゾリジン薬:アログリプチン安息香酸塩/ピオグリタゾン塩酸塩
・速効型インスリン分泌促進薬/α-グルコシダーゼ阻害薬:ミチグリニドカルシウム水和物/ボグリボース
・チアゾリジン薬/スルホニル尿素薬:ピオグリタゾン塩酸塩/グリメピリド
・チアゾリジン薬/ビグアナイド薬:ピオグリタゾン塩酸塩/メトホルミン塩酸塩
[北村正樹 2023年11月17日]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例