蓮照寺(読み)れんしようじ

日本歴史地名大系 「蓮照寺」の解説

蓮照寺
れんしようじ

[現在地名]西城町西城

大富おおとみ山北東麓、西城川西岸にある。真宗大谷派。大富山と号し、本尊阿弥陀如来。永正一二年(一五一五)創建で、中山なかやま寺と称し、蓮心の開基。もとは大富山北西麓の入江いりえの中山にあった。第四世了誓の時、天正一二年(一五八四)渡辺伊織の開基で現在地に移り、現寺号に改め、中山山(中仙山)と号した。九世恵秀の時、宝暦九年(一七五九)東本願寺末となり、昭和初期に現山号に改めた。

寺宝として「身代り名号(切掛けの名号)があった。「国郡志下調書出帳」に「西本願寺九世実如上人の御筆、此名号当寺入江村中山に有之節大佐百姓次郎右衛門妻の身代りと成、南無の無の字切れ候由、尤故有当郡宇山村禅仏寺初世弓谷与茂三郎国次法名順古へ譲り当時禅仏寺に所持仕候」とある。

蓮照寺
れんしようじ

[現在地名]近江八幡市玉木町

小幡町おばたちよう通沿い、近世たま町二丁目東側に位置する。八幡山と号し、真宗大谷派。本尊は阿弥陀如来。古くはしよう(現滋賀県竜王町)にあり、慶長年中(一五九六―一六一五)当地に移転したと伝える。この移転は坂田さかた世継よつぎ(現同県近江町)浄念じようねん寺了善の尽力によるものとされ、寺蔵の鐘銘では了善を建立者とする。

蓮照寺
れんしようじ

[現在地名]勝山市北郷町東野

東野ひがしのの北方山麓にあり、大谷山と号する。真宗大谷派。本尊阿弥陀如来。寺伝によれば、興行こうぎよう(現福井県上志比村)の二代祐慶(蓮実)の隠居所華蔵けぞう閣として創建されたことに始まる。また一説には開基は祐慶の父、興行寺の初代周覚(本願寺五代綽如の三男)とも伝える。のちに蓮如から寺号を与えられたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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