朝日日本歴史人物事典 「荻江露友(初代)」の解説
荻江露友(初代)
生年:生年不詳
江戸中期,荻江節の開祖。本姓は千葉。長唄唄方の初代松島庄五郎の門人という。明和3(1766)年から5年に江戸市村座で長唄立唄として活躍し,初代富士田吉次と並び称された。その後劇場出演をやめ,吉原の廓内でお座敷風の長唄・荻江節を創始し,流行させる。安永年間(1772~81)に門弟の有田栄橘に2代目露友を譲り,長谷川泰琳と名乗った。劇場出演をやめた理由については,声が劇場向きでなかったためといわれるが,もともと長唄が本業ではなく旦那芸であったのが,何かの機会に劇場に出演するに至ったという岡野知十の説もある。
(吉野雪子)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報