興夫伝(読み)こうふでん

改訂新版 世界大百科事典 「興夫伝」の意味・わかりやすい解説

興夫伝 (こうふでん)

朝鮮,李朝のハングル小説作者未詳。《春香伝》《沈清伝》などと同様に,18世紀以降パンソリ《朴打令》《朴興甫歌》として演唱されたが,小説異本中には客寄せ前口上がそのまま写し残されたものもあり,街頭講釈師によっても語られていたことがわかる。《興夫伝》の興夫は主人公Hǔng buの名。兄ノルブと弟フンブの主人公を通して勧善懲悪を強調した小説である。兄が欲深く意地悪で,徹底した利己主義者の金持ちであるのに対して,弟は善良で情深く,貧乏であるのにお人よしの道徳君子的性格。足をなおしてやったツバメ恩返しにより弟は富貴栄達を得るが,わざとツバメの足を折った兄は破滅するという筋を諧謔的に表現している。笑いの中に悲しみや怒りなどすべてが吸収されてしまうが,これこそは現実からの脱出を求めた庶民の逆説的な笑いだとする見方もある。また,富こそ最上と信じる兄と,格式ばかり重んじ生活能力のない弟に,李朝後期の新しい問題を提起しているという論もある。板本3種類のほかに写本が多数伝わる。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「興夫伝」の意味・わかりやすい解説

興夫伝
こうふでん / フンプジョン

朝鮮の古典小説。パンソリ(『朴打令』)になって愛唱されていた民間説話が、18世紀に至って小説化されたもの。作者不詳。強欲無情な兄ノルブと、正直だが無能力な弟フンブの物語。兄に家から追い出され、極貧生活を送っていたフンブが、足を折った燕(つばめ)を助ける。そのお礼にと燕のくれた瓢(ひさご)の種子は、実ると宝物をいくらでも生み出し、フンブはにわかに富者になる。うらやましがった兄は、燕の足を折ったうえ治してやるが、こんどの瓢からは奇怪な人物がぞろぞろ出てきて、家産を食いつぶしてしまう。日本の『舌切り雀』に似た物語だが、この小説が描く富への欲望、形骸(けいがい)化した儒教道徳、さまざまな賤民(せんみん)の姿態などは、李朝(りちょう)後期の社会相を浮き彫りにしてくれる。

田中 明]

『申在孝著、姜漢永・田中明訳注「朴打令」(『パンソリ』所収・平凡社・東洋文庫)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「興夫伝」の意味・わかりやすい解説

興夫伝
こうふでん
Hǔngbu-jǒn

朝鮮,李朝後期の代表的ハングル小説。作者,成立年未詳。説話パンソリを経て小説化された。なまけ者の兄ノルブと善良な弟ブンブ (興夫) という2人の主人公を通して,勧善懲悪を強調した小説。兄は欲深く意地悪で,徹底した利己主義者の大金持。弟はまったく対照的に善良で情け深く,貧乏なくせに道徳君子的性格。足をなおしてやったツバメの恩返しにより,弟は富貴栄達を得るが,同じことを繰返した兄はかえって破滅するという筋を諧謔的に表現している。『春香伝』『沈清伝 (しんせいでん) 』と並んで広く親しまれている。

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