筋生検(読み)キンセイケン

デジタル大辞泉 「筋生検」の意味・読み・例文・類語

きん‐せいけん【筋生検】

筋肉一部を切り取って筋組織状態を調べること。筋ジストロフィー皮膚筋炎などの診断に用いられる。

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内科学 第10版 「筋生検」の解説

筋生検(生検)

(2)筋生検(muscle biopsy)
 骨格筋は全身に分布しているのでどの筋からも生検は可能であるが,一般的には筋量が豊富でアプローチしやすく,また,通常生検が頻繁に行われる筋からの採取が望ましい.この点から選択されるのは上腕二頭筋,三角筋,大腿直筋,外側広筋,前脛骨筋,腓腹筋などである.上述の神経生検時に同時に採取可能な短腓骨筋もよく選択される.筋痛や筋把握痛を強く訴える場合はあわせて筋膜の採取も必要である.生検終了後は必ず筋膜を縫合閉鎖する.
 生検部位の決定は十分な検討を加えて決定する.筋力低下や筋萎縮があまり著明でない軽度から中等度の罹患部を選択するのがふつうで,筋力正常部位からは陽性所見が得られないことがあり,一方,筋力低下・筋萎縮がきわめて著明な部位を選択すると筋線維がほとんど脂肪や結合織に置換され,必要な情報が得られないこともしばしば経験する.徒手筋力テスト,視診,触診に加えて筋電図・筋CTからの情報が必須である.また,多発筋炎・皮膚筋炎を疑う場合は筋MRIが有用で,炎症所見が病理学的に証明される可能性が高い部位(T1高信号を伴わないT2高信号領域)を特定することが可能となる.
a.筋生検所見
 神経生検と同様,通常のホルマリン固定パラフィン標本が有用であるのは筋炎(血管炎を含む),サルコイドーシスアミロイドーシスなど一部の疾患に限られる.凍結標本と電顕標本による観察が国際標準である.
 ⅰ)凍結標本
)H-E染色標本:
最も基本的かつ重要な染色法で,診断の80%は1枚の凍結H-E標本でつくといっても過言ではない(図15-4-22).筋の大小不同の有無,萎縮筋の形状を観察する.一般に筋原性萎縮線維円形を,神経原性萎縮線維は角化した形(angular fiber)をとる.神経原性の萎縮では小角化線維の集簇が起こることが多く(grouped atrophy),筋萎縮性側索硬化症のような急速な筋萎縮では小群集萎縮が,Charcot-Marie-Tooth病や頸椎症のようなゆっくりとした過程では大群集萎縮がみられる.筋炎では細胞浸潤のほか,筋線維の壊死再生がみられる.壊死線維はエオジンの赤色が薄くなってマクロファージによる貪食が観察され,再生線維はbasophilicで核が大きく目立つという特徴を有する.筋束周辺部の筋線維の萎縮(perifascicular atrophy)は皮膚筋炎を示唆する重要な所見である.筋ジストロフィ症では筋線維の壊死再生や間質増生・脂肪化がみられ,過収縮して濃染する線維(opaque fiber)が多数観察される.サルコイド結節や血管炎の有無もH-E染色で確認できる.
2)Gomoriトリクローム変法(modified Gomori trichrome):
ミトコンドリアライソゾームなどが赤く染まるので,異常ミトコンドリアの集積するミトコンドリア病の診断に有用である.本症では赤色ぼろ線維(ragged red fiber)が多数観察される.rimmed vacuole型遠位型ミオパチーに観察される縁どり空胞(rimmed vacuole)や,ネマリンミオパチーでみられるネマリン小体もこの染色法で観察される.
3)ミオシンATPase染色標本:
 筋線維タイプの分別に用いられる.pH10.5前後の前処理を行ったときに染色される線維をタイプ2線維,染色されない線維をタイプ1線維という.タイプ2線維は白筋(速筋)に,タイプ1線維は赤筋(遅筋)に相当する.正常筋肉ではタイプ1線維・タイプ2線維は交互に配列している(checker-board pattern)が,長期にわたる神経原性筋萎縮では筋がどちらかのタイプにかたよって集簇し,fiber type groupingとよばれる(図15-4-22B).タイプ1線維に限局した筋萎縮(type 1 atrophy)は筋強直性ジストロフィに比較的特異的にみられるのに対し,タイプ2線維に限局した筋萎縮(type 2 atrophy)は非特異的所見で,筋炎,廃用性萎縮,低栄養などで観察される.
4)免疫組織化学:
 筋ジストロフィ症の診断に現在では欠くことのできないものとなっている.たとえば,Duchenne型筋ジストロフィ症,Becker型筋ジストロフィ症ではジストロフィン染色で異常が認められ,前者ではジストロフィンが筋線維膜に欠損しているため全く染色されず,後者では筋線維膜上にまだらに染色される.このほかにもジスフェルリン,カルパイン,エメリン,メロシン,αジストログリカンなどに対する特異抗体が市販されており,診断確定に寄与している.
5)その他:
N ADH-TR染色(筋原線維内部の乱れを観察する),PAS染色(糖質の蓄積を診断する),アセチルコリンエステラーゼ染色(神経筋接合部の形態をみる)などが汎用される染色法である.
 ⅱ)電顕標本
 ほとんどの筋疾患は光顕レベルで診断可能であるが,封入体筋炎(約10 nmの太さのフィラメント状の核内・細胞質内封入体が観察される),ネマリンミオパチー,ミトコンドリア脳筋症(異常ミトコンドリアとその内部に類結晶状封入体(paracrystalline inclusion)がみられる)をはじめとする多数の疾患で特異的な所見が観察される.
b.筋生検の適応
 末梢血からの遺伝子診断手技が確立している疾患(筋強直性ジストロフィなど)での意義は乏しいが,すべての筋疾患が筋生検の適応となる.成人で重要なのは炎症性筋疾患とミトコンドリア病であり,小児科領域を含めると膨大な種類の筋疾患が本手技の対象となる.
c.筋生検の合併症
 骨格筋は再生力に富む臓器であり,筋生検による後遺症は皆無といってよいが,筋肉採取後の圧迫止血や安静が十分でないと,局所に大きな血腫を形成することがしばしばある.筋肉の採取時や生検終了時の縫合の際に大きな血管や神経を巻きこまないようにする注意も必須である.[神田 隆]
■文献
神田 隆:末梢神経疾患.神経病理カラーアトラス(朝長正徳,桶田理喜編),pp234-253,朝倉書店,東京,1992.
埜中征哉:臨床のための筋病理,第3版,日本医事新報社,1999.
岡 伸幸:カラーアトラス末梢神経の病理,中外医学社,東京,2010.

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