福島泰樹(読み)ふくしまやすき

日本大百科全書(ニッポニカ) 「福島泰樹」の意味・わかりやすい解説

福島泰樹
ふくしまやすき
(1943― )

歌人、日蓮宗法昌寺住職。東京生まれ。父は東京市下谷区入谷(現・台東区)の日蓮宗感応寺住職で、後に大本山光長寺71世。1958年(昭和33)駒込学園高等部に進学、ぼろグローブをはめてボクシングの草試合に熱中する。62年早稲田大学第一文学部西洋哲学科に入学。早稲田短歌会に入会し歌作を開始、佐佐木幸綱を知る。64年春、学内闘争の最前線に立つも夏には運動は瓦解。瓦解後の平穏に耐え切れず、頻繁に出入りするようになった早稲田短歌会の部室塚本邦雄の『日本人霊歌』の一首「少女死するまで炎天の縄跳びのみづからの圓駆けぬけられぬ」と出会い、その冬、佐佐木幸綱から同書を借りて筆写、これが福島と「現代短歌」との出会いとなり、以後本格的に歌作。同年『心の花』入会、『ジュルナール律』創刊。66年同大学卒業。65年から再び学園闘争の渦中にあって、闘争と歌作に没頭。その成果は69年の第一歌集『バリケード・一九六六年二月』として結実。反骨の抒情とでもいうべき学園闘争という現実と正面から切り結ぶ鮮烈な抒情によって高い評価を受ける。同年、三枝昴之(たかゆき)(1944― )、伊藤一彦(1943― )らと同人誌『反措定』を創刊。71年佐佐木幸綱らとの合同歌集『男魂歌』に「退嬰(たいえい)的恋歌」68首を発表する。72年第二歌集『エチカ・一九六九以降』を刊行。歌を自らの「志」であり「道」とするいわば決意表明であった。70年代は福島のいうところの「挽歌の時代」すなわち喪失と内面化の時代である。福島にとってここで起こる苛酷なまでの自己対象化は時に自虐的ですらあるのだが、一方、その自虐が鮮やかなユーモアの表出ともなっているところに、この歌人の並々ならぬ力量が示されているともいえよう。やがてその自己対象化は主体に、「季節」あるいは「時間」の中の自己というパースペクティブをもたらすことになる。

 相次いで上梓された歌集『転調哀傷歌』『風に献ず』(1976)が現出する時空間は、いわば「距離」の感覚の表出といってよく、主情的あるいは直情的であることによってそこに類いまれなリアリティを呼び込みえた『バリケード・一九六六年二月』とは明らかに趣を異にしている。この年国文社嘱託となり『現代歌人文庫』の編集に着手。同年下谷法昌寺の住職となる。79年これまでの全歌集として『遥かなる朋(とも)へ』を刊行。81年酔った勢いでボクシング・ジム日東拳に入門、猛練習をはじめる。ルール改正による年齢制限でプロへの道は閉ざされるが、セコンドのライセンスを得て83年には日本フライ級タイトルマッチでチーフセコンドとしてリングライトを浴びることになる。83年『中也断唱』を、書き始めてから7年半の歳月を経て刊行。この後寺山修司追悼歌集『望郷』、カセットテープ別離』(いずれも1984)、たこ八郎(1940―85)の一周忌に捧げられた『妖精伝』(1986)、美空ひばり追悼歌集『蒼天 美空ひばり』(1989)など、「魂の歌」とでもいうべき、死者と連帯し、あるいは死者を代行することによってこの解体拡散の時代に一首を立てていく方法論を確立、今日に至る。

 一方、早くから歌の歌謡性と肉声の力に着目、朗読活動を行い、フォークシンガー龍(1952― )との出会いはやがて「熱唱」から絶叫コンサートという独自の表現方法へと展開、その聞く者の魂を根底から掴んで激しく揺さぶる在りようは、「うた」の始源の力の回復を思わせるとともに現代短歌を問い直す契機として、依然として効力を失っていない。86年ブルガリア国際作家会議コンクール詩人賞、91年(平成3)には前年に刊行した歌集『さらばわが友』で矢立出版「90年詩人賞」を受賞。92年から文芸誌『鳩よ!』で短歌欄の選者を務め、95年にはラジオドラマ『紫陽花(あじさい)の家・富田良彦の告白』により放送文化基金賞を受賞。99年若山牧水賞受賞。

 このほか歌集に『晩秋挽歌』(1974)、『夕暮』(1981)、『無頼の墓』(1989)、『愛しき山河よ』(1994)、『賢治幻想』(1996)、『福島泰樹全歌集』全3巻(1999)、評論に『抒情の光芒』(1978)、『やがて暗澹(あんたん)』(1979)、ボクシング評論に『辰吉丈一郎へ――三○万燭光(しょっこう)の興奮』(1994)などがある。また、短歌絶叫盤CD『中原中也』など、CD、LP、カセットブック、ビデオも多い。

[田野倉康一]

『『バリケード・一九六六年二月』(1969・草風社)』『『エチカ・一九六九以降』(1972・構造社)』『『晩秋挽歌』(1974・草風社)』『『転調哀傷歌』(1976・国文社)』『『風に献ず』(1976・国文社)』『『抒情の光芒』(1978・国文社)』『『やがて暗澹』(1979・国文社)』『『遥かなる朋へ』(1979・沖積舎)』『『夕暮』(1981・砂子屋書房)』『『中也断唱』(1983・思潮社)』『『望郷』(1984・思潮社)』『『妖精伝』(1986・砂子屋書房)』『『蒼天 美空ひばり』(1989・デンバー・プランニング)』『『無頼の墓』(1989・筑摩書房)』『『さらばわが友』(1990・思潮社)』『『愛しき山河よ』(1994・山と渓谷社)』『『辰吉丈一郎へ――三○万燭光の興奮』(1994・洋泉社)』『『賢治幻想』(1996・洋々社)』『『福島泰樹全歌集』全3巻(1999・河出書房新社)』『高辻郷子・伊藤一彦・福島泰樹・伊勢勇・佐佐木幸綱・晋樹隆彦著『男魂歌』(1971・竹柏会出版部)』

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「福島泰樹」の解説

福島泰樹 ふくしま-やすき

1943- 昭和後期-平成時代の歌人。
昭和18年3月25日生まれ。44年「反措定」を創刊。同年早大闘争をうたった「バリケード・1966年2月」で注目される。歌集「中也断唱」「無頼の墓」のほか,評論,小説も手がけ,またギター伴奏による自作短歌の朗詠にもとりくむ。平成11年「茫漠山日誌」で若山牧水賞。「月光の会」主宰。東京台東区法昌寺の住職。早大卒。

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