相馬焼(読み)ソウマヤキ

デジタル大辞泉 「相馬焼」の意味・読み・例文・類語

そうま‐やき〔サウま‐〕【相馬焼】

福島県相馬地方から産する陶器。慶安年間(1648~1652)野々村仁清もとで学んだ田代源吾右衛門(のち清治右衛門)の創始といわれる。走馬を描いたので、駒焼ともいう。相馬駒焼。相馬。

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精選版 日本国語大辞典 「相馬焼」の意味・読み・例文・類語

そうま‐やき サウま‥【相馬焼】

〘名〙 福島県相馬市中村から産出する陶器。砂質の生地に、青磁色の釉(うわぐすり)を掛けてひび焼きにしたもので、楽焼に類し、相馬にちなんで走る馬の絵を金色に描いたもの。慶安年間(一六四八‐五二)京都の陶工、野々村仁清に学んだ田代清治右衛門の創始とされる。相馬駒焼。駒焼(こまやき)。ほかに、元祿年間(一六八八‐一七〇四大堀村(双葉郡浪江町大堀)の半谷休閑が始めたものがあり、主に日用雑器をつくる。大堀相馬焼
※滑稽本・六阿彌陀詣(1811‐13)二「おめへの鬢切をした所は相馬焼(サウマヤキ)の馬といふ天窓(あたま)つき」
田舎教師(1909)〈田山花袋〉五〇「相馬焼の花瓶に挿した」

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「相馬焼」の意味・わかりやすい解説

相馬焼
そうまやき

福島県相馬市中村に開かれた近世陶窯。創始の年代については諸説あるが、慶安(けいあん)初年(1648ころ)とするのが有力である。一名を相馬駒(こま)焼と称するのは、藩主相馬家の御用窯となり、藩主の家紋にちなんで雲雀野(ひばりの)の野馬に取材した奔馬(走馬)を描いたためともいう。伝説では田代源吾右衛門(げんごえもん)が1623年(元和9)に京都上洛(じょうらく)のおり、野々村仁清(ののむらにんせい)について修業に入ったと説くが、仁清の活動期は1650年代以後であり、信憑(しんぴょう)性は薄い。遺品は確かに京焼風であるので、その系統の陶技を受けて開窯したことが考えられる。陶土は相馬市坪田池の上山の木節(きぶし)系粘土を用い、釉(うわぐすり)には双葉郡浪江(なみえ)町小丸からとれる砥山石(とやまいし)を用いている。

[矢部良明]

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世界大百科事典(旧版)内の相馬焼の言及

【浪江[町]】より

…請戸川のサケ漁である10~11月の最盛期には1日に数千人の観光客でにぎわい,1993年にはプラネタリウム,宿泊施設,テニスコートなどを備えた多目的レジャー施設〈マリンパークなみえ〉が開設された。相馬藩の保護窯として発達した大堀の相馬焼は,藩主の家紋にちなんだ奔馬の絵を付けた焼物で〈相馬駒焼〉ともいわれる。常磐線,国道6号,114号線が通じる。…

※「相馬焼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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