百姓伝記(読み)ひゃくしょうでんき

改訂新版 世界大百科事典 「百姓伝記」の意味・わかりやすい解説

百姓伝記 (ひゃくしょうでんき)

江戸中期の農書。著者未詳。著作年代は天和年間(1681-84)と推定され,全15巻。三河から遠江にかけての東海地方の農業の記述に重点をおいている。1~7巻は主として土壌,屋敷構え,樹木,農具馬具肥料,治水,8~15巻は苗代に関する歌100首,稲,麦,穀物,特用作物,野菜類,水生植物,救荒植物,日常使用する道具類を記述している。本書成立のころは小農の自立が進行していた時代であったので,小農の進むべき方向を多方面にわたり明らかにし,小農技術の体系化を試みた著述としての特色がある。農業技術的にみると,自給農業を維持するために,肥料のつくり方と施用法に特色があり,また水害予見とその対策,国土の保全のための自然保護,種子の選び方,稲作偏重からの脱出として畑作物栽培法,雑草を減少させる方法等について,今日からみてもすぐれた着眼がある。《日本農書全集》,岩波文庫所収
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「百姓伝記」の意味・わかりやすい解説

百姓伝記
ひゃくしょうでんき

農書名。江戸、元禄(げんろく)時代(1688~1704)以前に著された、もっとも優れた地方農書の一つであるが、著者、刊行年とも不詳である。著者は現在の静岡県から愛知県あたりの人で、おそらく武士と考えられ、老農からの聞き書きであるが、著者本人も農耕に従事したと思われる。時代は1680~1682年(延宝8~天和2)の間と考えられる。全15巻からなり、内容は非常に優れているが、写本としてのみ伝わったため広くは流布しなかった。

 15巻の構成は、巻1が四季集、巻2が五常之巻、巻3が田畠地性論、巻4が屋敷構善悪・樹木集、巻5が農具小荷駄具名揃、巻6不浄集、巻7坊(防)水集、巻8苗代百首・同抄、巻9田耕作集、巻10麦耕作集、巻11五穀雑穀品々耕作集、巻12蘄菜耕作集、巻13水草集、巻14万粮集、巻15庭場道具・所帯道具・麻機道具名揃である。不浄集は肥料、万粮集は救荒作物について述べている。

[福島要一]

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「百姓伝記」の解説

百姓伝記
ひゃくしょうでんき

遠江・三河両国を舞台に成立した農業技術書。15巻。最も古いものに属する大部の著作で,延宝・天和年間(1673~84)に成立。著者不詳だが,3人以上の農民による共同著作と考えられる。内容は作物の栽培と肥培管理を中心にした農業技術だが,気象・暦・治水・農民生活まで幅広く扱う。四季の移り変りにも気を配り,大河川流域の水との闘いについても記述している。「日本経済大典」所収。

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世界大百科事典(旧版)内の百姓伝記の言及

【治水】より

…堤外の耕地は流作場として石高も低く定められ,洪水の多い年には収穫をあきらめた。1682年(天和2)ころの著述と推定される《百姓伝記》の巻七は防水書である。この書は,河川の大小,山寄りの出口から海に至る距離の差によって川の性状の異なることを説いたあと,大河の堤は二重堤がよいという。…

【用水】より

… 用水に対して,余分の水,使い残りの水,害を与える恐れのある水を悪水というが,悪水除けについては詳しい意見はあまりみられない。地方書としては古い部類に入る《百姓伝記》は,井堰などについては記さず,用水引用,下水(悪水)排除の両目的を有する井溝の手入れの重要さを強調し,田地を惜しんで井溝を浅くすることを戒めている。越後の信濃川は,平野部に入って西川,中の口川,本流の3川に分流しているが,本地域では上流部の悪水が下流部では用水として必須であり,河中に堰を設けることは上流では悪水排除の妨害,下流では用水取得の手段としての必要施設であるから,両者間に利害の矛盾を生じて,上・下流区域の関係を複雑化し,まれには河流の中心部(すなわち両側の村境を意味する)までだけ,一方の側からせき止めている例もある。…

※「百姓伝記」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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