独立軍抗争(読み)どくりつぐんこうそう

改訂新版 世界大百科事典 「独立軍抗争」の意味・わかりやすい解説

独立軍抗争 (どくりつぐんこうそう)

三・一独立運動(1919)以後,朝鮮国内での非暴力闘争の失敗の教訓に学び,武装闘争路線に再編して,国境を接する中国東北地方にまたがって展開された朝鮮独立運動。とりわけ中国東北地方は旧韓末の義兵闘争志士が活動を継続しており,シベリア干渉戦争の影響もあって,抗日独立軍は短時日のうちに武装力をいちじるしく強化することができた。独立軍は朝・中国境地帯に一大軍団を形成し,1920年になると長大な国境線は独立軍の散兵線となり,朝鮮総督府はその侵襲,テロにおびえた。独立軍は,豆満江岸の美占,三屯子,鳳梧洞で組織的攻撃もはじめるが,日本軍は20年10月に琿春(こんしゆん)事件捏造(ねつぞう),〈満州侵略口実とし,独立軍の〈討伐〉を開始した。独立軍は李青天,洪範図,金佐鎮,李範奭(はんせき)らの指揮下に正面衝突を避け,〈旅行団〉を編成,移動しながら和竜県青山里の森林で日本軍をむかえうった。約3000の独立軍は同年10月20~23日,大小10余回の戦闘をくりかえし日本軍の加納大隊に壊滅的な大打撃を与えた。朝鮮独立軍が3000の兵力を集結して勝利を得たのは旧韓末の義兵蜂起以来かつてなかったことであった。青山里の勝利は独立運動の軍事路線の正しさを再確認させ,後の武力抗争の出発点になり,在外同胞の民族的信頼回復大同団結に大きな力を与え,上海の大韓民国臨時政府威信を高めた。
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