林郷(読み)はやしごう

日本歴史地名大系 「林郷」の解説

林郷
はやしごう

和名抄」にみえる石川郡拝師はやし郷を継承した中世郷で白山本宮領。野々市町南西部から鶴来つるぎ町北部一帯に比定される。南北朝期には、南から北にかけて上林かんばやし郷・中林郷・下林郷が分立し、以後林郷の名は史料にみえない。なお、平安後期から鎌倉初期にかけて当郷を根拠地とした有力在地領主林氏は、鎮守府将軍藤原利仁の後裔とされる加賀斎藤氏の一流で(「尊卑分脈」など)、承久の乱の際に朝廷方に属した惣領家の林次郎は、乱後衰退したとされる(「吾妻鏡」承久三年六月八日条など)。「三宮古記」にみえる暦応二年(一三三九)九月一四日評定の「山下免田便補林三ケ村八段」は、「上林三段卅」「下林一段廿代」「中林三段」に区分されているが、同書の「惣勘合免田員数事」では大般若田八反のうち「一反廿代新保」のみが中林と異なって記され、新たな開発領とみられる「新保」が郷内にあったらしい。同書の「色々惣免立用所」の条には林郷とみえ、法花不断経田一町九段・彼岸田八段・灯油田六段・新十一面寺灯油田七段が記される。

〔上林郷〕

野々市町上林・末松すえまつから鶴来町安養寺あんようじ柴木しばき部入道ぶにゆうどうにかけてを主たる郷域とし、南の同町荒屋あらや井口いのくち付近も含まれていたと考えられる。「三宮古記」の前掲史料などによれば、上林郷分として大般若田二町八段・法花不断経田五段・彼岸田四段・灯油田四段・三宮灯油田四段・新十一面寺灯油田五段の白山宮免田計五町が存在している。

林郷
はやしごう

「和名抄」には記載されていない。平城宮跡出土木簡に「(表)□波国那賀郡林郷白米五斗」「(裏)□俵」とある。比定が可能な地の一つが那賀川河口南部に位置する現阿南市見能林みのばやし町の周辺である。しかしこの地については島根しまね郷に比定する有力な説もある(「大日本地名辞書」など)。旧見能林村は江戸時代は見能方みのかた答島こたじま中林なかばやし才見さいみの四村から成り立っており、たちばな湾に面している。この地は津峰つのみね鍛冶かじみね山塊を後ろに控えており、古代においても比較的安定した耕地が存在していたと考えられ、白米の貢進を行うことは不自然ではない。

林郷
はやしごう

「和名抄」東急本・刊本は当郷を記載するが、高山寺本に記載はない。郷域について、「備中集成志」「日本地理志料」「大日本地名辞書」は現新見市唐松からまつ草間くさま豊永とよなが各地区の地域とし、「岡山県通史」は唐松を中心とした地域とする。郷名から広域の山林を含んだと推定されるが、正確な郷域は不明とすべきであろう。もし豊永の地域を含んだとすれば、式内社比売坂鐘乳穴ひめさかかなちあな神社が郷内に存在したことになる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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