日本歴史地名大系 「朝倉上村」の解説
朝倉上村
あさくらかみむら
[現在地名]朝倉村朝倉上
慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)の越智郡の項に「朝倉上村 定水所、小川有、日損所」とみえ、村高一千六六三石五斗八合、うち田方一千五六三石三斗一升四合、畠方一〇〇石五斗九升四合、右のうち三五七石四斗九升四合松平隠岐守分(松山藩領)、一千三〇六石一升四合松平美作守分(今治藩領)とある。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)の越智郡の項に「朝倉上村 定水所、小川有、日損所」とみえ、村高一千六六三石五斗八合、うち田方一千五六三石三斗一升四合、畠方一〇〇石五斗九升四合、右のうち三五七石四斗九升四合松平隠岐守分(松山藩領)、一千三〇六石一升四合松平美作守分(今治藩領)とある。
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