明石藩舞子台場跡(読み)あかしはんまいこだいばあと

国指定史跡ガイド 「明石藩舞子台場跡」の解説

あかしはんまいこだいばあと【明石藩舞子台場跡】


兵庫県神戸市垂水区東舞子町にある砲台跡。幕末、大坂湾防衛計画の一環として、瀬戸内海上交通の要衝である明石海峡を防備するために、舞子の地に築造された軍事施設の一つ。台場の造営は、1863年(文久3)開始、1864年(元治1)、あるいは1865年(慶応1)には台場の工事が完了したとされ、台場の縄張り・構造については勝海舟の現地指導を受けたという。橋本海関『明石名勝古事談』によれば、前面には砲門が15基設けられ、背後に5つの石製円形門などがあった。2003年(平成15)に実施された発掘調査によって、台場の石垣が確認されたのを皮切りに継続的に調査が行われた結果、台場の遺構が良好な保存状態であることが判明。台場は半星形稜堡式をとり、花崗岩を用いた総石垣造りで、復元幅(東西両翼最大長)は約70m、高さは残存する下層の石垣だけでも約6mあり、築造当初の高さは約10mと推定される。当時の政治・軍事・外交を知るうえで欠かせないとして、2007年(平成19)に国の史跡に指定された。JR東海道本線舞子駅から徒歩約3分。

出典 講談社国指定史跡ガイドについて 情報