家族社会学(読み)かぞくしゃかいがく(英語表記)family sociology

日本大百科全書(ニッポニカ) 「家族社会学」の意味・わかりやすい解説

家族社会学
かぞくしゃかいがく
family sociology

家族生活を、制度、集団、ライフスタイル、関係、行為などの側面から考察する社会学の一分野。研究方法としては、従来の制度的接近、形態的接近、構造・機能的接近、状況的接近、相互作用的接近、発達的接近に加えて、今日ではフェミニズム論的接近、ライフスタイル論的接近、構築主義的接近などがある。家族の社会学的研究は社会学の成立とともに始まったといってよい。社会学の創始者ともいわれるオーギュスト・コントは、個人と社会を結ぶ単位として家族に注目した。しかし以下に述べるように、ここにいう家族社会学が成立したのは20世紀なかば近くになってからである。家族社会学の歩みをたどるとき、いくつかの源流段階が指摘されているが、おおまかには、
(1)19世紀なかばの社会進化論社会ダーウィン主義)的研究
(2)それと並行しつつ20世紀初めにかけて行われた下層階級家族の研究
(3)20世紀前半の萌芽(ほうが)的研究
(4)20世紀なかばより始まる体系的な実証的理論構築
の4期に区分される。

 第1期は、バッハオーフェンの『母権論』(1861)、マクレナンJ. F. MacLennanの『原始婚姻論』(1865)、エンゲルスの『家族、私有財産および国家の起原』(1884)など、社会進化論と総称される研究が、当時ようやく集積され始めた民俗資料に基づいて行われた。一方、それらに対立する学説としては、ウェスターマークの『人類婚姻史』(1891)が知られている。第2期は、欧米社会の産業化、都市化のなかで、社会改良的な見地から行われた下層階級家族の研究である。ル・プレーの『ヨーロッパの労働者』(1855)、ブースの『ロンドン市民の生活と労働』(1891~1903)などがそれである。この段階では、社会調査の方法が導入され、経験科学への第一歩を踏み出した。第3期は、主としてアメリカの研究者によって社会学の立場から科学的な接近が開始された時期である。なかでもバージェスらの『家族』(1945)は、その後の展開に大きく寄与した。第4期すなわち現在は、『ストレス下の家族』を著し、家族研究の接近方法の分類にも貢献したヒルReuben L. Hill(1912―1985)、『世界革命と家族類型』(1963)を著したグードWilliam J. Goode(1917―2003)らを先駆として、家族社会学の体系化、実証的理論化が進められている。

 日本の場合、戸田貞三(とだていぞう)の『家族構成』(1937)はその先駆的研究といえる。その後、日本の家族については喜多野清一(きたのせいいち)(1900―1982)、有賀喜左衞門(あるがきざえもん)、小山隆(たかし)、鈴木栄太郎、姫岡勤(ひめおかつとむ)(1907―1970)らの研究が、中国の家族などについては岡田謙(ゆずる)、清水盛光(もりみつ)(1904―1974)、牧野巽(たつみ)(1905―1974)らの研究がこれに続いている。

 とくに1980年代後半以降、多様化する家族のあり方への注目が主流となり、これまでのような制度としての家族、あるいは集団としての家族だけでなく、個人の視点からとらえられるライフスタイルとしての家族が注目されている。それだけに核家族形態の夫婦制家族を標準家族としてとらえる分析視角への批判や論争が生じている。

[増田光吉・野々山久也]

『W・J・グード著、松原治郎・山村健訳『現代社会学入門3 家族』(1967・至誠堂)』『森岡清美編『社会学講座3 家族社会学』(1972・東京大学出版会)』『大橋薫・増田光吉編『改訂 家族社会学』(1976・川島書店)』『姫岡勤著『家族社会学論集』(1983・ミネルヴァ書房)』『望月嵩著『家族社会学入門』(1996・培風館)』『森岡清美・望月嵩著『新しい家族社会学』(1997・培風館)』『野々山久也・渡辺秀樹編著『家族社会学入門――家族研究の理論と技法』(1999・文化書房博文社)』『野々山久也・清水浩昭編著『家族社会学の分析視角』(2001・ミネルヴァ書房)』『野々山久也著『現代家族のパラダイム革新』(2007・東京大学出版会)』『野々山久也編『論点ハンドブック家族社会学』(2009・世界思想社)』

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改訂新版 世界大百科事典 「家族社会学」の意味・わかりやすい解説

家族社会学 (かぞくしゃかいがく)
sociology of family

家族および家族問題を研究する社会学の一分野。家族社会学の名のもとに多彩な研究がなされるようになったのは第2次大戦以降であるが,社会学が人間の社会的共同生活を研究する学問である以上,家族に関する言及は社会学の成立以来,多くの研究者によってなされてきた。家族社会学はその研究領域として,家族の歴史,制度,構成,形態,婚姻,役割,機能,周期,生活構造,病理などを含んでいるが,とくに現代では,工業化,都市化,社会福祉(老人,障害児,共稼ぎなど),家族意識の変化などが分析研究の対象になっている。

 家族の研究は19世紀後半,進化論の影響下に家族と婚姻の把握が相次いでなされた。J.J.バッハオーフェンの《母権論》(1861),L.H.モーガンの《古代社会》(1877),エンゲルスの《家族・私有財産および国家の起源》(1884)などがその代表である。これらでは,父権制に先だつ母権制社会の存在の指摘,氏族から大家族さらに小家族へという家族の存在形態の変化についての指摘,一夫一婦婚に先だつ集団婚の存在の指摘などがあり,家族が普遍的に経過する進化の階梯を明らかにしようとしたことに特色がある。1930年代になるとアメリカで,家族内部の人間関係の社会心理的研究が活発になってきた。E.W.バージェスやH.J.ロックがその共著《家族--制度から友愛へ》(1945)で示した家父長制家族から近代家族への変化の指摘や,C.H.クーリーが強調した個人が社会性を形成していくうえで基礎的意義をもつとして重視した第1次集団など,配偶者選択,夫婦関係,親子関係,家族における人格形成などの研究がなされた。第2次大戦後になると,心理学や精神分析学,人類学など他の学問分野の実績が導入され,また,大規模な調査研究がなされ,特定文化圏を超えた妥当性と,家族の内面構造や機能の分析研究が活発になった。進化論的見解を否定して,一夫一婦姻制家族の普遍性を示したB.K.マリノフスキーや,核家族こそ普遍性をもつ家族形態であるとしたG.P.マードックらがその代表である。

 日本では,主としてスペンサーの影響下に研究が始まった。有賀長雄の《族制進化論》(1884)などがその先駆であるが,日本の家族研究はその当初より,国家との一体制の理念に基づき政治的に取り扱われる色彩を強くした。しかし,1920年代に入ると社会学独自の研究が現れてきた。集団としての家族を夫婦・親子の結合,社会的圧力との関係で分析した戸田貞三(《家族の研究》1926,《家族と婚姻》1934)は,1920年の国勢調査抽出票によって,日本家族の構成上の特質を親子中心の家族として説明した(《家族構成》1937)。鈴木栄太郎は農村社会を分析して,家族・家と村落共同体の問題を提示した(《日本農村社会学原理》1940)。有賀喜左衛門は,日本の小作制度を家族制度との関係で分析し,本家・分家,親分・子分の関係を軸として村落のあり方を解明した(《日本家族制度と小作制度》1943)。また,第2次大戦中には,仁井田陞の《中国の農村家族》(1952)や福武直の《中国農村の社会生活》(1947)をはじめ,中国,台湾,朝鮮などの調査がなされた。日本において,家族の内部関係の社会心理学的研究がなされるようになったのは,小山隆の《現代家族の研究》(1960)に始まる。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「家族社会学」の意味・わかりやすい解説

家族社会学
かぞくしゃかいがく
sociology of family

19世紀中葉以前にも感情論や迷信論から出発して国家や道徳と関連づける家族研究はあったが,社会科学的研究は J.J.バッハオーフェンの母権研究に始る。これを契機として母権と父権,母系と父系の前後関係やそれらの相互関係の研究が進んだ。その過程で彼の原始乱婚説,J.F.マックレナンの原始略奪婚説,L.H.モーガンの氏族先行説などが現れた。だがそれらの法則的認識の困難さは E.A.ウェスターマークにより指摘され,その後,家族はすべての社会に遍在する基礎的集団である,とする見解が有力になった。現代家族の研究は 1920年代のアメリカでの家族問題対策,家族の制度的変化への関心に始り,30年代には人格形成や婚姻,離婚などが統計的,社会心理学的,文化人類学的に研究された。日本の家族研究は戸田貞三の『家族構成』 (1937) に始り,家族の形態や制度に研究が集中した。第2次世界大戦後は民主化との関係で啓蒙的,実践的役割をになった。 60年代以降,研究の主流は核家族論,家族周期論,生活構造論,家族動態論,家族発達論などにある。

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