宝樹寺(読み)ほうじゆじ

日本歴史地名大系 「宝樹寺」の解説

宝樹寺
ほうじゆじ

[現在地名]東山区本町十一丁目

一之橋いちのはし橋詰西側に位置する。いわゆる橋詰はしづめ堂の跡地にあたる。宝暦一二年(一七六二)刊の「京町鑑」に「唐橋寺、橋詰寺ともいふ也。浄土宗」とみえるのは当寺をさすか。寺門・本堂ともに東面して本町ほんまち(伏見街道)に向かう。浄土宗西山禅林寺派、山号清涼山、本尊阿弥陀如来。「京都府地誌」に開基創立不詳とみえ、「坊目誌」は宝永三年(一七〇六)僧聖誉円阿の中興とする。絵図には宝樹院と記すことが多い。

宝樹寺
ほうじゆじ

[現在地名]右京区嵯峨甲塚町

有栖ありす川に架かる安堵あんど橋の橋畔にある。熊谷山と号し、西山浄土宗尼寺。寺伝によれば蓮生法師熊谷直実の開創で、古くは粟生光明あおこうみよう(現京都府長岡京市)と併立する大寺であったというが、現在は小庵である。本堂に蓮生造刻と伝える本尊の阿弥陀三尊像を安置し、傍らに六〇センチ余の俗に寝釈迦という釈迦涅槃像がある。鎌倉期の作と推定され、付近にあった阿刀氏の菩提教興きようこう寺の旧仏とも伝える。天保一五年(一八四四)正月の堂塔再建勧化帳(嵯峨誌)には、兵乱にかかって堂塔も灰燼に帰していたが、慶長年中(一五九六―一六一五)浄因が霊元天皇の大乳人按擦局光現院殿の援助で再興

宝樹寺
ほうじゆじ

[現在地名]香芝市大芝五位堂

五位堂ごいどう集落南部所在。華階山五位殿安養あんよう院と号し、浄土宗。本尊は平安後期の阿弥陀如来で、脇侍観音・勢至両菩薩。本尊は現香芝市別所べつしよの廃阿弥陀堂から移したといわれる。ほかに珍しい見返り地蔵菩薩などを安置。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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