宗教心理学(読み)シュウキョウシンリガク(英語表記)psychology of religion

デジタル大辞泉 「宗教心理学」の意味・読み・例文・類語

しゅうきょう‐しんりがく〔シユウケウ‐〕【宗教心理学】

個人・集団・人種など、さまざまなレベルでの宗教現象の心理的側面を実証的に研究する学問。

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精選版 日本国語大辞典 「宗教心理学」の意味・読み・例文・類語

しゅうきょう‐しんりがく シュウケウ‥【宗教心理学】

〘名〙 宗教において現われる、個人あるいは集団などの心理状態や心理作用を観察し、研究する心理学の一分野。スターバック、ジェームズフロイトらによって開拓された。

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最新 心理学事典 「宗教心理学」の解説

しゅうきょうしんりがく
宗教心理学
psychology of religion

宗教を研究対象とする心理学の諸学派や方法群の総称。エビングハウスEbbinghouse,H.の「心理学には長い過去があるが,実際の歴史は短い」という言明が暗示するように,研究対象である宗教そのものにも心の探究という側面がある。19世紀末にアメリカとドイツで大学に心理学実験室が設置され科学的心理学が産声を上げる以前から,知覚心理学と呼応する五蘊(色・受・想・行・識)の体系や唯識のような深層心理学的体系を仏教はもっていたし,神学者エドワーズEdwards,J.のような優れた説教者は,人間の魂を救済する深い観察眼を備えていた。宗教心理学を広義にとらえるならこれらに目配りする必要があり,仏教心理学のような運動と宗教心理学との連携さえ検討されうる。ホーマンズHomans,P.(1987)は心理学史を振り返り,研究者自身の信仰や価値観を反省吟味(放棄ではない)する必要も指摘する。

 宗教心理学で最も広く扱われた主題として,回心conversion(宗教的な急激な目覚め)がある。リバイバル運動を背景とする回心研究は,1881年にホールHall,G.S.が行なったハーバード大学での講義を皮切りに,思春期の罪責感からの転換を質問紙法で数量的に吟味したスターバックStarbuck,E.D.(1899),宗教的な手記を数多く引用したジェームズJames,W.のエジンバラ大学での講演録(1902)と続く。回心前後の鮮明な変化は心理学研究に好適であったが,回心という特異な体験はある種の異常心理ともとらえられた。その後,リフトンLifton,R.J.(1961)の洗脳の研究や,ロフランドLofland,J.とスタークStark,R.(1965)による新宗教運動への入会過程conversionは,思想や価値観の急激な変容ではなく組織への段階的参加度と連動しての心境の漸次的変化過程の存在を示した。イスラムへの改宗や福音主義的キリスト教の世界伝道における改宗conversionも,ヘフナーHefner,R.W.(1993)などが文化人類学の文脈で検討している。

 回心研究の広がりだけ見ても,宗教の心理学的研究は広範である。たとえば『International Journal for the Psychology of Religion』や『Journal for the Scientific Study of Religion』などの実証的研究誌には掲載されない,深層心理学的な探究,心理療法における病理と宗教性の蓄積,人間性心理学やトランスパーソナル心理学などの人間可能性開発的な実践,参与観察と連動した認知心理学的視点などの多様な主題がある(Wulff,D.M.,1997)。『心理学評論』35巻1号(1992)は東洋的行法の特集で,日本で精力的に行なわれた禅の生理心理学的研究の概要を知ることができる。また,金児暁嗣(2011)では実証的宗教心理学の概要が,島薗進と西平直(2001)では深層心理学と宗教研究のつながりが確認される。

 近年注目すべき領域として,瞑想の応用とポジティブ心理学がある。瞑想の精神医学的研究は安藤治(1993)に詳しい。また,チリ政変の苦痛を体験した脳神経学者バレーラValera,F.は,精神と生命研究所Mind and Life Instituteを拠点に,チベット仏教のダライ・ラマなどとの共同研究を重ね,仏教的瞑想の脳科学的評価と合わせ,政治,経済,社会の改善のための瞑想の応用を模索した。東南アジア仏教系のビパッサナー瞑想は禅やチベット仏教と並ぶ西欧での広がりをもち,カバット・ジンKabat-Zinn,J.(1990)の提唱するマインドフルネスストレス低減法mindfulness based stress reduction(MBSR)に体系化され,さらにうつ病や依存症の再発予防など幅広い心身疾患に応用されている。マインドフルネスは仏教起源の語であることが忘れられるほど人口に膾炙しつつある。心理学が精神病理など負の側面にばかり焦点を当ててきたと批判したセリグマンSeligman,M.E.P.(2000)の提唱した運動であるポジティブ心理学は,従来の心理学の方法や知見を継承しつつ,人間の徳性や価値観と幸福との相関を検証して,組織研究や教授法などに幅広く応用されつつあるが,これらはかつて宗教人格論という主題であったのである。 →ポジティブ心理学 →唯識心理思想
〔葛西 賢太〕

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改訂新版 世界大百科事典 「宗教心理学」の意味・わかりやすい解説

宗教心理学 (しゅうきょうしんりがく)
psychology of religion

宗教現象を心理学的に研究することを課題とする学問。宗教学の一領域であるとともに心理学の一領域でもあり,重なり合う部分をもつ。近代の心理学は〈霊魂soulなき心理学〉をめざしてきた。しかるに宗教は,霊界,死後の世界,神や仏などつかみどころのないものを相手どって,断食をしたり,祈ったり,巡礼をしたりする。なぜ人間はこうした目に見えない世界と対峙して,日常生活とは違った営みをしてきたのか。こうした問題に,神の側からではなく,人間側の営みとしてこれを研究してみようとしたとき宗教学が生まれ,そうした意識や経験に焦点をあてるとき宗教心理学が成立した。学問のはじまりは関連ある現象の分類にある。W.ジェームズは〈健やかな精神の人〉と〈病める魂の人〉という二大別を行い,人生を比較的楽天的に,肯定的に見る人と,人生の苦悩を人一倍感受し,その苦悩を通して,神を求める人とに分けた。前者はどちらかといえば,内在的な神あるいは汎神論的な考えに魅力を感じ,自分自身の中に神性,仏性をやどし,あるいは自然の美しい現象の中に神の営みを体験するタイプであり,後者は,超越的な神,きびしい父性的な神を信ずるタイプである。以上のような宗教的体験の研究のほかに,精神分析学的研究もあり,S.フロイトは《トーテムとタブー》(1912-13)の中で父なる神の原型を見,ユングは曼荼羅のような図像(十字架もその変型)の中に心の平安を求める人間心性に注目した。また信仰や告白,あるいは祈りや瞑想,修行が,今日の精神療法といかなる関係があるのかも問われている。このほか宗教心理学の流れには,ブントやデュルケームに始まる民族心理学・文化人類学的研究,とくにアメリカで盛んな社会心理学的研究などがあり,相互に影響を及ぼしている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「宗教心理学」の意味・わかりやすい解説

宗教心理学
しゅうきょうしんりがく
psychology of religion

宗教現象の心理的側面の実証的研究。通常、深層心理学、人格心理学、社会心理学、異常心理学などの視点や方法や洞察を広く援用しつつ、宗教心理の構造・機能・発達などを分析考察するものであるが、宗教学の一分野としては、宗教そのものの理解・解明を心理的次元から目ざす学問である。19世紀から20世紀初頭にかけて、主としてアメリカ合衆国において成立したスターバックEdwin Diller Starbuck(1866―1947)の『宗教心理学』(1899)、ウィリアム・ジェームズの『宗教的経験の諸相』(1902)は初期の代表的業績である。その後1920年代からは、フロイトやユングなどの深層心理学が宗教心理の無意識的次元の解明に貢献した。

 1940年代以降には、社会心理学や人格心理学の角度からの研究が展開した。方法論としては、質問紙法、手記資料法、実地調査(参与観察)、象徴解釈、心理テストなど多岐にわたる。主要なテーマには、回心、神秘主義、宗教的成熟、信仰治療、憑依(ひょうい)現象などがある。

[松本 滋]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「宗教心理学」の意味・わかりやすい解説

宗教心理学
しゅうきょうしんりがく
psychology of religion

宗教を社会的,文化的な場における人間の行動の一様相と考え,そこに発現する諸現象を心理学的に取扱う心理学の一分野。そこで扱われる宗教的意識ないし行為のなかには,不安や罪の意識の発生と解消,態度や信念の発達,回心によるパーソナリティの急激な転換あるいはその統合過程の発達,認知の変容とその背後にある動機づけとの関連などさまざまな心理学的過程が含まれている。

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世界大百科事典(旧版)内の宗教心理学の言及

【宗教学】より

…また宗教の比較は当然のこと宗教の歴史への関心を内包しており,そこから歴史学や考古学の成果をとり入れた宗教史学の立場(たとえばC.P.ティーレ,N.ゼーデルブロム)が追求されることになった。他方,19世紀にいたり社会学や心理学が新たに勃興すると,それが宗教研究にも刺激を与え宗教社会学(たとえばM.ウェーバー,É.デュルケーム)や宗教心理学(たとえばE.D.スターバック)の研究分野がひらかれた。またとくに近代にいたり,世界各地の植民地において数多くの未開宗教に関する調査資料が集められるようになると,そこから民族学=人類学(たとえばJ.G.フレーザー)の方法による部族宗教の研究(宗教人類学)が盛んになった。…

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