大行院跡(読み)だいぎよういんあと

日本歴史地名大系 「大行院跡」の解説

大行院跡
だいぎよういんあと

[現在地名]弘前市西茂森町一丁目

西茂森にししげもり町の天満てんまん宮境内は大行院の境内であった。修験醍醐だいご三宝さんぼう(現京都市伏見区)末寺、山号は松峰山長永ちようえい寺。弘前藩修験司頭。のち大峰派・羽黒派両司頭。

堂社縁起修験道由緒によれば、近江国甲賀こうが郡にある飯道はんどう岩本いわもと(現滋賀県甲賀郡信楽町・水口町・甲西町)の修験大行院永尊が、慶長一七年(一六一二)津軽に来て当院を開いたとある。正保元年(一六四四)三代藩主津軽信義の時、領内の山伏を支配する修験司頭に任ぜられ、寺領三〇石を給せられた。翌年から大行院は領内の山伏を毎年三月七日に集め、藩主の繁栄と領内安全の祈祷を行っている。

大行院跡
だいぎよういんあと

[現在地名]鴻巣市下谷

南下谷みなみしもや村にあった本山派修験の寺。戦国期には玉林ぎよくりん(現浦和市)とともに足立郡内の本山派修験の年行事職を勤める先達寺院であった。武州文書には大行院に伝えられた一二点の文書が所収される。永正一一年(一五一四)七月一日、大行院の前身と思われる大円坊は崎西きさいの内の戸崎とさき(現騎西町)より下の地域の年行事職に補任された(「尊能証状写」武州文書、以下とくにことわらない限りは同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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