地母神(読み)チボシン(英語表記)earth-mother

デジタル大辞泉 「地母神」の意味・読み・例文・類語

ちぼ‐しん【地母神】

大地の生命力生産力を神格化した女神。世界中に広く認められ、先史時代の豊満なビーナス像からもその信仰がうかがえる。

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精選版 日本国語大辞典 「地母神」の意味・読み・例文・類語

ちぼ‐しん【地母神】

〘名〙 生殖や豊饒をつかさどり、生命の源と信じられる大地の女神。

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改訂新版 世界大百科事典 「地母神」の意味・わかりやすい解説

地母神 (ちぼしん)
earth-mother

大地の豊饒性,生命力の神格化されたもの。父神的性格をもつ上天神(天父)に対する。ギリシア神話の大地女神ガイアは,原古にカオスに次ぎ最初に誕生し,自分が生んだ天空神ウラノスと結婚して,神々の祖となったとされる。ギリシア人は,最古の人類も大地から生まれたと信じていた。このように大地を,万物を生み養う偉大な母神としてあがめる信仰は,世界中の農耕文化に共通して見いだされる。ギリシア神話では,ほかにも,名前そのものが文字どおり〈地母〉を意味した可能性が強いデメテルをはじめとして,ヘラ,アフロディテアルテミスなど,有力な女神の多くに〈地母神〉の性格が認められる。人間の生活にかかわる〈地母神〉のもっとも重要な働きは,ギリシアではデメテルにとくに顕著なように,大地から生える作物の豊穣を保証することで,これと関連して,アフロディテやゲルマンフレイヤなどに見られるような愛欲的性質も,〈地母神〉の大部分に共通する。デメテルは,娘である死者の国の女王ペルセフォネと切り離せないが,地下つまり〈地母〉の胎内にある冥府に死者たちを迎えてその主となることも,日本神話の伊弉冉(いざなみ)尊をはじめ,世界中の多くの〈地母神〉に見られる重要な特徴である。これと結びついてしばしば見いだされるのが,〈地母〉の胎内に迎えられた死者が〈胎児〉に戻り,再生することができるという信仰である。ウラノスとガイア,ゼウスとヘラ,またインド神話のディアウスとプリティビーなどに見られるような,〈天父〉sky-fatherと〈地母〉の夫婦関係も,雨を〈地母〉を受胎させる〈天父〉の精液とみなす観念と結びついて世界大に分布している。これと関係した重要な神話に,太古にぴったり抱擁し合って世界を暗黒にしていた〈天父〉と〈地母〉の分離をテーマとする話があり,ギリシアとポリネシアにとくによく似た形で見いだされる。伊弉諾(いざなき)尊と伊弉冉尊の離別の話にも,この種類の〈天地分離神話〉の痕跡を認める説が有力である。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「地母神」の意味・わかりやすい解説

地母神
ちぼしん

大地の豊饒(ほうじょう)、生成、繁殖力を人格化した女神。その源流は、オーリニャック期(旧石器時代末期)の象牙(ぞうげ)、骨、石などに彫られたいわゆるビーナス像にまでさかのぼるといわれ、古代文明の幾多の女神、たとえばシュメールイナンナ、セム人のイシュタル(アシュタルテ)、ペルシアのアナヒタ、エジプトのイシス、ギリシアのゲーやレア、インドのパールバティーやカリー、メキシコのコアトリクエなどがいる。これら女神の崇拝および祭祀(さいし)はとくに農耕文化と結び付いて広まったが、クレタの山の母神をはじめ、アナヒタ、キベレ、イシュタル、アルテミスなどは、もとの狩猟時代の要素が残ったために野獣の守り神とされている。またイシュタルとタンムーズ、キベレとアッティスというように、往々にしてこれらの女神はその繁殖力の源泉として若い男神を従えていた。そのため、祭祀は若い男神との性的結合やその死を象徴する流血供犠などを伴う。この大地の母神の結婚相手としては、ときに天空を人格化した男神、つまり天父(てんぷ)が登場する。中国の皇天后土(こうてんこうど)の信仰などもその例であるが、同様なものはポリネシア、北アメリカのインディアン、アフリカなどにもみられる。また地母神は、とかく死者祭祀や冥府(めいふ)と結び付くことが多いが、これは大地を死者の安住、休息の場と考えたことによるものであろう。

[松前 健]

『石田英一郎著『桃太郎の母』(1956・法政大学出版局)』『エリアーデ著、堀一郎訳『大地・農耕・女性』(1968・未来社)』『大林太良著『神話学入門』(中公新書)』

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世界大百科事典(旧版)内の地母神の言及

【聖婚】より

…それは,しばしば未婚の女性によって演じられた聖なる花嫁と穀物神に擬せられた王との婚姻を原型としている。宗教学的には,大地の豊穣を確実にするための象徴儀礼であり,その背後には,地母神に対する崇拝が存在していた。聖婚儀礼は,小アジアから東部地中海沿岸一帯に広く分布していたが,その中心地はキプロス島の南西端のパフォスPaphosにあるアスタルテ(ギリシアのアフロディテと同一視された)の神殿であった。…

【地霊】より

…地霊の働きには二面性があり,人々に土地を耕させ恵みを授ける慈愛の性質と,それとは逆に地震や干ばつをひき起こす過酷な性質とが同居する。前者はみずからの肉体を傷つけて子孫を養う地母神として,後者は地霊に従わぬ人間を襲う怪物や荒ぶる神として発現する。地鎮祭をはじめ聖域や結界にかかわる多くの習俗,風水(風水説)ほかの地相占いなどは,いずれも荒ぶる地霊を慰撫し抑え,その慈悲にすがろうとする人間の欲求から生じていると考えられる。…

【ビーナス】より

…ウェヌスはもとはローマの菜園を守る小女神であったが,のちにギリシアの女神アフロディテと同一視され,愛と美をつかさどる女神の総称となった。
[旧石器時代の地母神崇拝]
 ビーナスの原型およびビーナスにまつわる神話は,太古の地母神崇拝に起源をもっている。植物を生ぜしめる大地を地母神(大母神)とみなす思想は,古代世界各地に見られる。…

※「地母神」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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