象牙
ぞうげ
ivory
ゾウの上顎(じょうがく)門歯(切歯)が根を生ずることなく一生長く伸び続け牙(きば)になったもので、食肉類などの犬歯が牙になったものと異なる。このため年をとれば著しく長くなるはずであるが、実際は草の根を掘ったり、木の皮をはぐのに使用するため磨滅し、むやみに長くなることはない。アフリカゾウの雄の象牙がもっとも大きくなり、長さ3.58メートルにも達したものが過去に記録された。また重さは、長さ3.1メートル、太さ65センチメートルの牙で105.8キログラムに達した報告がある。
象牙においては、歯の主体である堅い組織が他の動物に比べてもっともよく発達している。この部分は象牙質とよばれ、ここから一般に歯の当該部位名称として用いられる。一方、もろいエナメル質は、生え初めの象牙の先端を覆うだけである。象牙の外側はしばしば暗色であるが、内部は白またはクリーム色で美しい木目があり、きめが細かいため入念な細工に適し、縞(しま)目の変化や半透明の乳白の色調が美しい。このため古くから、牙彫(げちょう)工芸品の材料として洋の東西を問わず珍重されてきた。
とくに20世紀に入り象牙の輸出量が増加し、関連してアフリカ全土においてゾウの乱獲や密猟が続出した。象牙の需要は現在でも世界的に高く、ロンドンとベルギーのアントウェルペンで象牙市場が開かれ、主としてアフリカゾウの牙が集められている。現在では生きたゾウから牙をとることは法律で制限され、象牙の供給はおもにアフリカの先住民が数世紀間にわたって内密に保存してきたものによる。一方、殺したばかりのゾウからとった牙は、生きた象牙live ivoryとよばれ、密猟品も含めて、市場には全体の20%ぐらいが出る。古い象牙も、保存法のよいものは新しい象牙と質は変わらない。また、象牙とよばれているが、カバ、イッカク、セイウチなどの牙が代用されていることもある。
なお、WWF(世界野生生物基金。現、世界自然保護基金)の調査報告は、とくに密猟が急増した1983年、年間において400~500頭のゾウが犠牲になったと告げている。このような状態では、種の保存すら危ぶまれるため、日本においても1985年(昭和60)、ワシントン条約に基づく輸入貿易管理令が改正された。
[北原正宣]
さらに1989年、ワシントン条約で象牙の国際取引の原則的禁止が決定され、翌1990年から実施された。日本では1992年(平成4)に「種の保存法」が制定され、このなかで違法な象牙の国内取引を防止するための管理制度が創設された。また、1995年には国内にある全形を保持した象牙の登録制度が開始された。こうした取組みとワシントン条約の管理のもとで例外的に、1999年に50トン、2009年(平成21)に39トンの象牙が日本に輸入された。この後も規制は強化され、2016年10月、ワシントン条約締約国会議で各国の国内市場閉鎖を求める決議が承認され、日本でも2017年5月に業者の登録制導入と罰則の強化を定めた改正「種の保存法」が成立した。
[編集部 2017年9月19日]
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ぞう‐げ ザウ‥【象牙】
〘名〙 ゾウの上顎にある、長く伸びた二本の門歯。ふつう牙(きば)と呼ばれ、淡黄白色で、緻密な木目がある。アフリカゾウでは、長さ三メートル以上、重さ一〇〇キログラムに達するものもある。木目が美しく、柔軟性に富み細工がしやすいので彫刻材とする。
※法隆寺伽藍縁起并流記資財帳‐天平一九年(747)「合丈六分雑物肆種〈略〉象牙尺一口、長三寸象牙縄解一口」
※
雍州府志(1684)七「象牙 以
二象牙并水牛角
一造
二器物
一」
[補注]「書紀‐二七」には「象牙」の字が見え、北野本訓では「
きさのき」とある。
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象牙【ぞうげ】
ゾウの上顎門歯が長く伸びたもの。アフリカゾウでは3m,重さ90kgに及ぶ。幼時には先端がエナメル質に包まれているが,やがて摩滅し象牙質のみになる。木目模様が美しく,適度なかたさをもつため,彫刻材として珍重された。現在は,ワシントン条約(1989年の第7回締約国会議)によって商取引は禁止されている。→象牙彫
→関連項目懐玉斎正次|牙|牙彫|芝山細工|ゾウ(象)|寄木細工
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デジタル大辞泉
「象牙」の意味・読み・例文・類語
ぞう‐げ〔ザウ‐〕【象牙】
象の上あごにある長く伸びた一対の門歯。細かい木目状の縞模様があり、適度の硬さなので細工物に用いられた。
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ぞうげ【象牙 ivory】
きば状に伸びたゾウの門歯。ゾウが生きているかぎり成長を続け,大きなものは長さ3m,重さ90kgに達する。乳白の柔らかな色調ときめの美しさにくわえて,細かい細工に適しているため,古くから世界各地で工芸品の素材として珍重されてきた。ヨーロッパの旧石器時代の遺物には,マンモスのきばに人や動物の像を刻み,投槍器のような道具を製作した例が多数見いだされる。エジプト,西アジア,インド,中国などに栄えた古代文明は,それぞれに独自の技法と様式を発展させ,すぐれた美術工芸品を残している。
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世界大百科事典内の象牙の言及
【ゾウ(象)】より
… 上あごにだけ1対あるきばは第2切歯で,しばしば長くのびてきばとなる。きばの先端部は初めエナメル質でおおわれているが,まもなく磨滅してなくなり,比較的柔らかい象牙質(歯質)だけになる。きばは一生のび続ける。…
【象牙彫】より
…ときには他の動物の骨や角が用いられることもある。象牙は,耐久性があり細工しやすく,洗練された気品のあるその素材ゆえに,多くの地域,時代において,小容器,浮彫板,小彫刻などに用いられた。
[西洋]
先史時代以来,マンモスの牙の表面に狩りの場面を刻んだり,豊穣の願いをこめて彫られた象牙女性像が制作された(〈レスピューグのビーナス像〉,サン・ジェルマン・アン・レー美術館)。…
【撥鏤】より
…象牙を紅,緑,紺などで染め,撥彫(はねぼり)で文様を白く浮き出させたもの。さらに賦彩することもある。…
※「象牙」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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