日本歴史地名大系 「北下安村」の解説
北下安村
きたしもやすむら
天文二年(一五三三)一〇月一九日付の下安村内仏護寺打渡坪付案(「知新集」所収)に田五町一段六〇歩、分米一八石六斗が記される。また同一〇年六月二五日の大内氏奉行人連署奉書(厳島野坂文書)で大内義隆は下安村へ勧請した官幣社の棚守職に房顕を補任している。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
天文二年(一五三三)一〇月一九日付の下安村内仏護寺打渡坪付案(「知新集」所収)に田五町一段六〇歩、分米一八石六斗が記される。また同一〇年六月二五日の大内氏奉行人連署奉書(厳島野坂文書)で大内義隆は下安村へ勧請した官幣社の棚守職に房顕を補任している。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...
5/20 小学館の図鑑NEO[新版]昆虫を追加
5/14 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/12 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/12 デジタル大辞泉を更新
4/12 デジタル大辞泉プラスを更新