レーザー化学(読み)レーザーかがく(英語表記)laser chemistry

改訂新版 世界大百科事典 「レーザー化学」の意味・わかりやすい解説

レーザー化学 (レーザーかがく)
laser chemistry

通常はレーザーを応用した化学の分野をさすが,化学レーザーを生ずる化学反応の研究分野をもさすことがある。レーザーには,単色性,指向性,大強度コヒーレンス,時間的に短い超短パルスを発生させることができるなどの特徴があり,これらを組み合わせて,レーザーによる物質や分子励起によって誘起された化学反応を応用して,同位体分離超LSI製造のための超微細加工,有機化合物合成などに応用されようとしている。

1個の光量子吸収して起こる光化学の諸過程は,通常の光源(タングステンランプ,ハロゲンランプ,気体放電や共鳴ランプなど)によっても起こる。ところが超短パルスの大強度レーザーを照射することによって,振動的または電子的に励起したエネルギーに富む原子・分子を高密度につくり出したり,多くの分子に光化学反応を起こさせて高密度の反応生成物をつくり出すことが可能である。これらの方法によって,励起された分子の中でのエネルギーの変化や,光分解を含む光化学反応を調べることが容易になった。分子中の原子が動く速さはきわめて速いので,化学変化を時間的に追うためには,極超短パルスを用いることが不可欠となる。たとえば,0.25ps(100兆分の25秒)という短い励起用のパルスレーザー波長3125Å)と,励起分子の検出用の超短パルスレーザー(波長6250Å)を用いて,cis-スチルベン光励起によって生じた励起

cis-スチルベンが,二重結合C=Cのまわりに回転してtrans-スチルベンを生ずる光異性化反応の速さが,0.32psと測定されている。

レーザー光は指向性がよいので,レンズで集光することによって空間的にきわめて高い光子場をつくることができる。そうすると,単分子でも,2個以上の光量子を同時にまたは段階的に吸収して,単一光子の吸収では到達できないような高い励起状態に励起することができる。これを多光子励起過程という。たとえば,波長10μmの赤外領域に発振する炭酸ガスレーザー光は,12J/molのエネルギーを有するのみなので,1個の光量子の吸収によっては,通常の化学結合を切断することができないが,107Wにも達する強力なパルス光をレンズで集光して分子に照射すると,安定な分子でも分解や異性化などの化学反応が起こる。たとえば六フッ化硫黄SF6分子は,30個以上の炭酸ガスレーザー光を吸収して分解し,SF5+Fを与える。赤外レーザー光では分子を振動的に多光子励起するが,可視紫外光を用いると電子的に励起した高い状態に多光子励起できる。たとえば一酸化炭素CO分子は,1500Å付近の真空紫外光の1光子吸収によって励起されるが,その倍の波長を有する紫外レーザーを用いると2光子を同時に吸収し励起される。このようにして励起された原子・分子はさらに光子を吸収して,電子を放出し,イオン化にまで容易に導くことができる(多光子イオン化過程)。

より高いエネルギー状態にある原子・分子は一般的に反応性に富む。レーザー光を用いて,電子的または振動的に励起した原子・分子の反応性が,数百倍も数万倍にもなることがあることがわかってきた。このように,化学反応の光励起による促進効果を調べることは,化学反応素過程をより詳しく知るうえで非常に重要な手段となってきた。また励起のために必要なエネルギーは,構成する原子の質量によって違うから,励起光の波長を適当に選べば,ある特定の同位体を含む原子・分子のみを励起することができる。これらを他の原子・分子と反応させたり,多光子解離や多光子イオン化などの方法で取り出せば,同位体分離が可能である。実験的な段階では,2D,13C,34S,235Uなどを含む多くの同位体が分離されている。また結晶表面をレーザーによって局部的に励起加熱することにより,反応を促進することができる。この方法を用いて超LSIの超微細加工が可能となった。

 また,励起波長は原子・分子に特有なので,レーザー誘起蛍光法,多光子イオン化法,コヒーレント反ストークス=ラマン分光法などの方法によって微少量の原子・分子および遊離基の高感度検出ができる。
レーザー
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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