日本大百科全書(ニッポニカ) 「リンチ(私刑)」の意味・わかりやすい解説
リンチ(私刑)
りんち
lynching
社会的な非行を行った者に対し、法的な手続を経ることなしに加えられる集団的な暴力的制裁。私刑ともいう。社会秩序を維持するためには、これを乱した者に対し社会的な制裁を加える必要があるため、近代以前には、「私刑」とよばれるような集団的制裁が広く行われ、非行を行った者に対し過酷なリンチが加えられることがしばしばであった。これに対し、近代国家が成立し、国家が刑罰権を独占するに至ると、国家的制裁制度としての刑罰制度が確立した。これに伴って、国家のみが、一定の厳格な要件を満たし、しかも、法的な手続に従って、犯罪を犯したものと判断される場合に限り、公的な制裁としての刑罰を加えることが許される。したがって、このような近代的刑罰制度のもとでは、かりに違法な行為を行った者に対してではあれ、私的に制裁を加えることは、違法であるばかりでなく、さらに犯罪として処罰される。
ところが、今日のような法治国家のもとでも、私的制裁としてのリンチ事件は一定の条件のもとでしばしば発生している。第二次世界大戦前のわが国では、たとえば、関東大震災による社会的混乱に際し、人種的、思想的な偏見に基づく差別意識から、朝鮮人や社会主義者が根拠なく大量に虐殺されたり、リンチされるという不幸な事件がその典型である。今日でも、やくざや暴力団などといった反社会的集団にみられるように、集団の掟(おきて)に違反した場合に、この違反者に対しリンチがしばしば加えられている。これらの行為は、今日の法律のもとでは、違法な行為であるばかりでなく、刑法上、殺人、傷害、暴行などの罪により処罰される。
[名和鐵郎]