プライマリ・ケア(読み)ぷらいまりけあ(英語表記)primary care

翻訳|primary care

日本大百科全書(ニッポニカ) 「プライマリ・ケア」の意味・わかりやすい解説

プライマリ・ケア
ぷらいまりけあ
primary care

患者の初期段階での健康問題の把握や一時的な救急処置、日常的にかかりやすい病気や軽度の外傷の治療に対応する医療をさす。臓器別など専門的な診療にあたる二次医療、より高度な医療を担う三次医療との対比として「一次医療」「初期医療」の意味で使われる一方、その包括性と専門医療など関連領域への橋渡し機能という両面を備えた一つの診療領域をさすことばとしても使われる。この場合の「プライマリ」は「基礎的に重要な」の意とされる。2014年(平成26)に発足した日本専門医機構では、プライマリ・ケアを「総合診療」という名称で、同機構が認定する19の専門領域の一つに位置づけた。

 医療はそもそも医師が多様な疾患を診療するプライマリ・ケアから始まった。現代において臓器別の専門分化が進むなかで、1970年代にその行き過ぎに対する反省から、プライマリ・ケアの重要性を認識し、一つの診療領域に位置づける動きが起こった。1972年(昭和47)にはWorld Organization of National Colleges, Academies and Academic Associations of General Practitioners/Family Physicians(WONCA)が発足(WONCAは「世界家庭医機構」との訳が定着している)。1978年にソビエト連邦カザフスタン共和国のアルマ・アタ(現、アルマトイ)で開かれた世界保健機関(WHO)と国際連合児童基金(UNICEF共催の会議で、人々の健康を実現するための鍵として「プライマリ・ヘルス・ケア(PHC)」が位置づけられた。

 この考え方は日本にも導入され、1980年代前半に「家庭医療」の名で専門医を育成する取組みが厚生省(現、厚生労働省)主導で始まった。1985年には家庭医制度創設を目的に同省に「家庭医に関する懇談会」が設けられたが、開業医療に対する圧迫危惧(きぐ)する日本医師会の反発で頓挫(とんざ)。懇談会は「家庭医機能10項目」の提言を示すにとどまった。その後、2011年(平成23)から始まった専門医制度に関する議論のなかで日本専門医機構が発足した。

 この間、学術面では1978年に日本プライマリ・ケア学会、1986年に日本家庭医療学会、1993年(平成5)に日本総合診療医学会がそれぞれ発足。これらが2010年4月に合併し日本プライマリ・ケア連合学会となった。同学会では独自に家庭医療専門医を認定している。

 日本の医療は、医療機関を自由に受診できる「フリーアクセス制」と、施された治療に応じて医療機関に報酬が支払われる「出来高払い制」を特徴としており、他の先進国のプライマリ・ケアと様相を異にする。

 イギリスやカナダでは、地域を拠点とした医師が周辺住民の健康や医療の相談にのり、必要に応じて専門医受診に振り分けてつなげる「ゲートキーパー機能」を担っているほか、住民は地域の医療機関に登録され、医師が受け取る報酬も登録人数に応じて支払われる形態になっている。またフランスでは医療費を軽減することでプライマリ・ケア医に誘導する仕組みになっている。

 またこれらの名称と似た意味で日本医師会が普及に努めている「かかりつけ医」がある。かかりつけ医について、日本医師会は「なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」と説明しているが、厳密な定義や制度に基づいた名称とはいいがたい。

 国際的にもプライマリ・ケアの担い手である医師の名称は複数存在する。プライマリ・ケアが医療そのものだった18世紀当時の医師はgeneral practitionerとよばれたが、その後、専門分化するなかで、general practitionerも独自の専門性と技術をもった専門医として再定義された。現在、世界的には、歴史を踏まえgeneral practitionerとよぶ国(イギリス、オランダ、オーストラリアなど)と、family physicianとよぶ国(アメリカ、カナダなど)がある。

[高野 聡 2023年11月17日]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例