クリエンテス(英語表記)clientes

改訂新版 世界大百科事典 「クリエンテス」の意味・わかりやすい解説

クリエンテス
clientes

王政期および共和政初期のローマでは,一種の身分的な存在を意味したが,のちに保護・隷属関係の下にあるもの一般を指すことになる語。クリエンテスはラテン語で〈被保護者〉を意味するクリエンスcliensの複数形で,保護・隷属関係をクリエンテラclientelaという。身分としてのクリエンテスは,人格的には自由であったが,パトリキ貴族)のゲンス氏族)に所属し,その祭儀にも加わったと推定される。パトリキをパトロンとして,その服属者となり,軍事的・経済的に奉仕の義務があった。それに対してパトロンは,法廷で彼らを弁護するなど,さまざまの場合に彼らの保護に当たった。パトロンとの関係は,相互の信義(フィデスfides)を紐帯とするものであり,お互いに訴訟を起こすことは禁じられ,パトロンの信義違反は宗教的制裁を受けるべきものとされていた。クリエンテスの始源・由来について,特にプレブスとの異同については古くから論議のあるところであるが,クリエンテスを商人層とみる説に対しては,主体は農民,大土地所有者たるパトリキに隷属する農民であり,それにローマに移住してきた外国人,解放奴隷が含まれたとみるべきであろう。市民としてのクリエンテスの経済的上昇に伴い,この上下の保護・隷属関係における隷属性の厳しさも,前5世紀以降次第に緩んでゆく。しかしそれとともに,広くローマ社会全体を覆うものとしての新しい型の保護・隷属,奉仕と恩恵の相互関係たるパトロン-クリエンテス関係が生まれてきて,貴族制社会を支え,ローマの政治を動かすものとなった(パトロキニウム)。このようにして,共和政中期以降は,クリエンテスとは,一方で従者・庇護民・食客・被弁護人・解放奴隷を指し,他方では個人から都市共同体・属州まで広くパトロキニウム関係に含まれるものを指すことになる。特に帝政期には,一般に早朝,貴顕の士の家に伺候して給付を受けるもの(サルタトレスsalutatores)がクリエンテスと呼ばれるようになった。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「クリエンテス」の意味・わかりやすい解説

クリエンテス
くりえんてす
clientes ラテン語

古代ローマの一身分。被保護者を意味するクリエンスcliensの複数形。社会的な強者と弱者との間に、相互の信頼に基づく保護関係が成り立つとき、保護者をパトローヌス(いわゆるパトロン)、被保護者をクリエンテスといい、また、この関係は、パトロンの側からはパトロキニウム関係、クリエンテスの側からはクリエンテーラ関係とよばれた。初期のローマでは、外来者・解放奴隷などの劣格者は、完全な権利能力をもつローマ国民であるパトリキ(貴族)のクリエンテスとなってその氏族に属し、訴訟代理その他の形で社会生活上の保護・支援を得、その代償としてパトロンへの表敬・奉仕の義務を負い、とくに物質的援助を行った。クリエンテスにも民会(選挙、立法などを行う)の投票権が与えられると、彼らはパトロンの政治活動を積極的に支持した。

 時とともにクリエンテスの概念は幅を広げ、法的に対等な者の間にも、社会的勢力の落差によってクリエンテーラ関係が生じ、有力政治家たちは法的な対等者・劣等者を含む膨大なクリエンテスを擁して互いに拮抗(きっこう)した。紀元前1世紀には、無産階級出身の兵士が事実上有力将軍のクリエンテスとなってその私兵を形成した。広く地中海世界においても、各地の住民とくに上層民は、ローマ有力者のクリエンテスとなって、軍事、政治、経済の各方面で彼らを助け、また逆にこの関係から自己の地位を安泰ならしめようとした。ローマの海外支配は、このような関係を軸として進められた。

[吉村忠典]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

百科事典マイペディア 「クリエンテス」の意味・わかりやすい解説

クリエンテス

ローマ最古期,貴族(パトリキ)と平民(プレブス)の対立した時代の貴族の隷属民。保護者である貴族とは信義(フィデスfides)関係で結ばれ,保護者は公私両面で隷属民を保護する義務があり,隷属民は各種の奉仕義務をもった。共和政末期以降は,従者・庇護(ひご)者・食客・弁護人などをさすようになり,また広く社会をおおう上下の保護隷属関係もクリエンテスと呼ばれることになる。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

旺文社世界史事典 三訂版 「クリエンテス」の解説

クリエンテス
clientes

古代ローマの有力者をパトロヌス(保護者)とする被護民
パトロヌスとは信義で結ばれ,忠誠と服従を誓い,法廷に立つ権利はなく,パトロヌスが代弁した。パトロヌスはクリエンテスの公私にわたる生活の安全をはかる義務があり,いっぽう,クリエンテスはパトロヌスの危急を救う義務を負っていた。共和政末期の将軍・権力者は,多くの無産市民や兵士をクリエンテスとし,これを政権の地盤として独裁権を握ったが,このことがローマ帝政を成立させる一つの要因となった。

出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報

山川 世界史小辞典 改訂新版 「クリエンテス」の解説

クリエンテス
clientes

最古期ローマの自由身分の隷属民。パトリキを保護者とし,信義で結ばれた。パトリキ,プレブスの身分闘争時代にはパトリキについた。共和政末期以後は,たんなる従者,被護者,食客,弁護人をさし,親分・子分関係の子分を意味した。

出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報