キリストの受難(読み)キリストのじゅなん(英語表記)passion

翻訳|passion

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「キリストの受難」の意味・わかりやすい解説

キリストの受難
キリストのじゅなん
passion

(1) キリスト生涯の終りにあたって苦難を受けたこと,特に十字架の苦しみと死とをさすキリスト教用語。4福音書の記事は他のどの事跡よりも長く一貫した物語になっており,これが早い時代から教会典礼のなかで朗読されていたことを示す。この受難物語によると,キリストは最後晩餐でパンとぶどう酒によりみずからの犠牲死を示してからゲッセマネの園におもむいて祈り,間近な苦難を予想して血の汗を流した。その後逮捕されてはずかしめを受け,偽証によって死刑宣告を下され,その後重い十字架をになってゴルゴタ刑場に引かれた。十字架刑は釘づけによるものであって,キリストは約3時間の苦しみののちに死んだといわれる。キリストの悲惨な最後にもかかわらず弟子たちはキリスト自身による生前の受難予告とその意味づけに従い,またおそらく,義人の死を他人の罪のあがないとしてとらえるユダヤ教の伝統的思想 (マカベア戦争の戦死者,イザヤ書 53章のヤハウェの僕など) の影響によってキリストの受難死は人類の罪をあがなうメシアの業であり,これによって神と人との間にキリストを仲介者とする新しい救いの契約 (新約) が成ったとする信仰を確立した。こうしてキリストの受難死は復活とともにキリスト教信仰の中心的出来事となるとともに,キリストは犠牲としてほふられる神の小羊であるという表象や,洗礼はキリストの死と復活にあやかることであるという解釈も生じた (→アニュス・デイ ) 。特に聖餐 (ミサ) においてキリストの受難死が再現すると考えられたことはキリスト教信仰にとって重要な意味をもつ。 (2) キリスト教美術の主題。一般に「エルサレム入城」 (マタイ福音書 21・6ほか) に始り,「埋葬」 (同 27・57ほか) に終る一連の出来事が受難のサイクルに含まれるが,なかでも「最後の晩餐」「ゲッセマネの祈り」「ペテロの裏切り」「磔刑」「聖母の哀悼」などの主題がよく知られている。作品例としてジョットによる,スクロベーニ家礼拝堂壁画 (1305~06) など。

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