鹿勝川村(読み)かがつかわむら

日本歴史地名大系 「鹿勝川村」の解説

鹿勝川村
かがつかわむら

[現在地名]額田町鹿勝川

村域に水源を発するおと川支流の鹿勝川と鶇巣とうのす川が南より北西に流れ、両河川上流の渓谷沿いに集落が立地。東は細野ほその村・鳥川とつかわ村、西北牧平まきひら村、西は鶇巣村(現岡崎市)西南はぎ(現宝飯郡音羽町)と各々山で接する。中世、男川おとがわ庄に属したという。戦国期は奥平氏の勢力圏にあったと考えられる。「三河国二葉松」にはこの地の土豪として奥平市兵衛と菅沼助十郎の名がある。

天正一八年(一五九〇)に岡崎城主田中吉政領、慶長六年(一六〇一)より幕府領となる。寛永一〇年(一六三三)赤松あかまつ陣屋(現安城市)の松平行隆知行所の一村となる。同一四年に幕府領に替わり、慶安四年(一六五一)に再び松平行隆知行所に戻る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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